一色まこと『ピアノの森』をここ数日で10巻まで読んだ。
主人公カイの天才・異才ぶりが、あまりにスケールが大きいせいか、
私は今のところまだ、さほど彼には感情移入できていないのだが、
それでも彼は勿論、大変に魅力的な主人公だと思うし、
周囲にいる脇役たちも、それぞれ見事にキャラが立っていて、
なるほど読者を惹きつける漫画というのはこういうものだな、
と読みながら思った。
第10巻の後半で、佐賀という音大教授が、
彼の惚れ込んだ「マリア」というピアニストを語るのに、
「正直言って今の俺は、
たった1人のピアノにしか興味がなくてね」
「他のはどんなに上手なピアノでも聴く気にならん」
という場面が出て来るのだが、これはまさに、
熱くシツコく二十年以上もポゴレリチ・ファンをして来た私の、
実感そのものを代弁してくれている言葉だと思った。
現実には私は、ほかにも好きな演奏家がいるし、
ポゴレリチ以外聴かなくていい、というほど頑なではないが、
それでもやはり、彼のピアノは私にとって、
ほかのどんなものとも較べられない、別次元のものだ。
「わかるわ~、先生っ!」
と佐賀の背中をぽんぽんと叩きたい気分が、私には、ある(^_^;。
人種的にも民族的にも、全くなんの接点もないポゴレリチの演奏に、
どうしてここまで自分が捉えられてしまったのか、不思議でならない。
念のため断っておくが、私は今、
自分にとっての主観の話をしているのであって、
「ポゴレリチが世界一のピアニストであることを認めろ」
と他人様に迫っているのではない。ときどき、
「ポゴレリチより○○のほうが芸術性が上だ。聴けばわかる」
みたいなことを私に教えて下さる方があって、
私はそういうご意見は、できる限り、謹んで拝聴するけれども、
私にとって重要なことは、そんな「優劣」の問題ではないのだ。
佐賀も言っているではないか、
「他のはどんなに上手なピアノでも聴く気にならん」と。
自分にとっての「最高」とは、そういうものだ。
佐賀が「マリア」の演奏を実際に聴く場面で、
「俺は心底、このピアノに・・・」
「出逢えてよかった」
と恍惚とした表情で考えるところがあるのだが、
私もポゴレリチの演奏を聴くと、本当にそう思う。
四半世紀以上にも渡って常に、そのような思いを
させ続けてくれる演奏家に巡り会うなんて、
滅多にない幸運ではないかと、我ながら思っている。