入籍記念日 | 転妻よしこの道楽日記

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きょう8月5日は、我々夫婦の「入籍記念日」だった。

私たちは、「入籍」・「挙式」・「披露」がそれぞれ全然別の日だったのだが、
私にはもともと記念日趣味がないために、それらがどうしても覚えられず、
きょうも主人に指摘されて、気が付いた。
11年前(でいいのかな??←それさえ定かでない私(殴))の今日、
彼の職場の上司ふたりに証人としての署名・捺印をしてもらい、
自分たちで福岡市内の早良区役所に届け出に行ったのは覚えているのだが、
それが「ヒロシマ原爆の日」の前日だったということは、
既に、ちょっと忘れかけていた。

あの日もやっぱり平日で、区役所からの帰りに、主人はまた仕事に戻り、
私は官舎に帰って、ここはやはり筋は通さねばと自分の親に電話をし、
「今、ちゃんと、婚姻届、出して来たから」
と報告した。普通の順序で結婚式をしていたらあり得ない状況だった。
すると、電話口の母の返事が圧巻だった。

「○○家の、御栄えを、祈ります」

皇太子殿下ご成婚時の、朝見の儀においての、
皇后陛下のお言葉のパクりだった。
いったい、この人は、何を考えていたのだろうか。
昭和ヒトケタ前半生まれのくせに、それって不敬罪とは思わなかったのか。

私は結婚以前から、もうずっと独り暮らしをしていたので、
父曰く「いつヨメに行ったかハッキリせん」、というくらいで、
両親にとっては、『娘を手放す』などという感慨は既になかったようだった。
ただ、「『思いがけずフツーに片づいた!!』という喜びはあった」、
と後に言っていた。
……全然フツーじゃないじゃないか、結婚を、電話で親に知らせるなんて(爆)。

さて、この入籍ののち、主人と私は休暇を取り、
新婚旅行を兼ねて、十日間のニューヨーク旅行を敢行し、
現地の教会で、主人の友人に立ち会って貰って結婚式をした。
バブリーな時代のハヤリものだった「海外挙式」をしてみた、
ただのミーハーな夫婦だった(^_^;)。

が、それはともかく、
その海外挙式の日がいつだったか、これまた私は思い出せない。
8月の下旬だったのは確かなんだがな~~?何日だったっけな??

なお、
「その順序や、やり方は、あまりにも親不孝であり、非常識である」、
と私はのちに、高校時代の恩師から大目玉を食らったものだった(^^ゞ。

はい。一言もございません。
どうもすみませんでした<(_ _)>。