おうちに帰ろう | 転妻よしこの道楽日記

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きょうは舅が見舞ったが、病院側の話によると、
昨夜、姑は点滴を受けて、よく眠ったとのことだった。
治療、というより多分、症状コントロール、になるだろうが、
それが旨く行くなら、また退院して家でやって行けるかもしれない。

昨年6月に、姑が突然40度の熱を出し、敗血症と診断され、
市内の救急病院に入院したとき、主治医から、
「これだけ不自由で痴呆があっては、家庭介護の限界だと思う。
退院後は施設に預けるとか、何か方法を考えても良いのではないか」
と言われたことがあった。
しかし、今にして思えば、あのときの姑はずっとしっかりしていたので、
まだまだ、「限界」どころか「楽勝」だった。
今の私なら言える、昨日、入院が決まる直前の状態こそ「限界」というものだった。

昨年6月の入院時には、姑はそれなりに、
病室で楽しい(爆)時間を過ごすことが出来ていた。
例えば、夜中、看護婦さんに、痰の吸引をされたとき、姑は大いに怒り、
「死んだらどうするんね!?もう死んだ!」
と抗議したことがあった。死にそーだから吸引しとるっつーに(^_^;。
また、少し元気になってからは、私が見舞いに行くと、
「まぁ、よしこさん、馬に乗って来たんかね?」
と唐突に尋ねたこともあった。
「バスに乗って来ましたよ」
と私は負けずに言ったのだが、姑は上機嫌でジェスチャーまでつけて、
「そこらを、ぱからん、ぱからん、と走って来たんかね?」
とまだ言っていた。

食事の介助にしても、当時は充分に自力摂取が出来たから、
私は終わるまでそばで見ていて、危ないときだけ手助けすれば良かった。
ある日の昼食のときなど、姑は綺麗に食べ終わり、
最後にスプーンでみそ汁をかき混ぜたあと、なぜかそれを飲まず、
同じスプーンで今度はお茶をぐるぐるぐるぐると混ぜ続け、
ふと顔を上げて私にコップを見せ、どうぞ、と言ったものだった。
何しとるのかと思ったが、そりゃ結構なお点前だったんかい(^_^;。

今の姑は、天井を向いて目をあけ、開いた口で呼吸をしているだけだ。
もう、吸引されても怒らないし、馬の話もしないし、お茶会も催さない。
でも、ときどき不意に、旨く目が合うことがあって、
こちらが笑いかけると、とても良い笑顔で返してくれる。
あれが出来る限りは、やっぱり、家に帰って来る意味が、
姑にとっても、きっと、ある、と思えてならない。