官舎の古い棟にいる住人が、今のトイレがあまりに古式ゆかしいので、
改装された棟に移りたい、と申し出て許可されたそうだ。
どんな具合なのか聞かなかったが、なんとなく想像はつく。
私の経験でも、福岡の某官舎の和式トイレなどは、
しゃがむとタンクに頬ずりしてしまう狭さで、びっくりしたものだ。
設計したヤツ、お前自分でしゃがんでみろって。
しかし、考えてみると、トイレの思い出は尽きない。
主人は、シャワートイレ愛好者なので、
神戸に居た頃など、わざわざ近所のホテルまでよく出向いていたものだった。
ある大安の土曜日、例によってその用事のために主人がエレベーターに乗ったら、
中には礼服や黒留袖で盛装した人々が大勢いて、
『この人ら、俺がまさか、用足しにだけ、ここに来たとは思うまい』
と考えると、主人は密かに腹筋が震えるのを止めることが出来なかったと言っていた。
一方、私は、大きな水音がするトイレが苦手だ。
最近は少ないが、昔のトイレは物凄く大きな音がしたのだ。
若い方はご存じないかもしれないが、以前はヒモを引いて水を流す型のトイレがよくあって、
私は親の職場で、母親に教えられて、初めてそれを使った。これが凄かった。
幼い私が、何も考えずにヒモをひっぱった途端、
「どどどーん!!ばっっっしゃーんんん!!」
と物凄い音が頭上から響き渡って、私は上から水が降って来ると本気で思った。
私は度を失い、動揺のあまり、もうちょっとでトイレに足を突っ込むところだった。
そういえば、知人の男性が似たようなことを言っていた。
昭和40年代初頭、彼が大学受験をしたとき、
某大学のトイレで、初めて水洗を経験したのだという。
彼も、流した途端に響き渡った轟音に身が縮み、
しかも流れる水はどこをどう引いても押しても止まらない。
「壊した!」と思い、震えながら試験会場に戻ったそうだ。
次の時限になり監督の教官が試験場に入って来たとき、彼は、
「さきほど、便所を壊した者がおる!」
とその教官がいつ言い出すかと考えただけで冷や汗がたらたら流れて、
生きた心地もせず、結局、試験に落ちたのだ、と。
今、官舎のトイレは、ほぼ洋式で水洗になっている。
公務員も文化的になったものだ。
洋式が普及し始めた頃、腰掛けるのか、乗ってしゃがむのか、
と議論していた、うちの田舎の大人たちが知ったら、驚くだろうな。