10月16日(土)。
秋の学園祭「SFC秋祭り」の2日目のこの日、大学の講堂にて
我がウィンドオーケストラDolce の秋の演奏会。その記憶。
今回の演奏会は3部構成で、2部がアンサンブルステージで、
1部、3部が吹奏楽オリジナル曲。今回の演奏会では、いつもの
ポップスステージは組み込まれていない。
第1部の演奏曲はシーゲート序曲、大草原の歌。
直前まで準備でドタバタしたため、うまく心の準備をする間もなく
開演を迎えてしまった感もあって、演奏に集中し切れなかった。
開演直後、演奏会のオープニングを飾る「シーゲート序曲」。
冒頭の短いソロを吹かねばならない。
こんなときに限って、これまで間違えることなどなかったそのソロで
音が出なかった。一気に冷や汗が額から頬を伝い、あっというまに
首や喉に伝ってくるのが感じられた。
2曲目に演奏したのは「大草原の歌」。
高校の吹奏楽部でイヤというほど練習し、演奏した曲だ。
この曲では何を今更、と思えるくらい慣れたものだったけど、
これも思うように指が回らない。これほどまでに失敗した演奏は
今までに'体験しただろうか。冷や汗はさらに増して行き、緊張の
第一部はあっという間に幕を閉じた。
第三部、今回は2曲とも指揮を担当した。
1曲目は「栄光のすべてに」。
有名なスウェアリンジェンの曲だ。
2年前の同じ演奏会でもこの曲で本番を迎えていたので、
この曲をこの楽団で指揮するのは2回目だ。
曲の構成、イメージはもうすっかり入っているため、棒を持つ
手と全身が自然と動く。それでも一音一音、大切にするため
神経をとぎ済ませる。
演奏する仲間達の表情はそれでもまだ硬かった。
小休憩の後の最初の演奏だったこともあって、それぞれ緊張も
あったのだろう。みんなが必死に、僕の振る棒の微妙な動きに
集中しているのが分かる。目の前のステージ上からはもちろん、
指揮を振るこの背中にたくさんの来場者の視線を感じる。
前からも後ろからも、横からも、360度から視線を受け、その
中で自分の感情、センス、表現力を最大限に発揮する。
指揮を振るのも4年目。客の前でステージにあがるのも8年目
になるのに、毎回、本番を迎えるとその難しさ、過酷さ、そして
言葉に出来ない感動と楽しさを再確認することが出来る。
「指揮者は、演奏者には目と指揮棒で、客席には背中で、
自分を表現し、感動を与えるのだ。」
舞台の袖で、指揮台へ向かう道のりで、極度の緊張を感じながら、
昔、先生に教わったその言葉をいつも思い出す。
第三部、メインとなる「吹奏楽のための第一組曲」ホルスト作曲。
緊張はまだ止まらない。いや、まだここでこの緊張を止めてしまう
わけには行かない。
実はここ1ヶ月間、疲れはピークに達し、日々癒すことの出来ない
まま、その日のステージに立っていた。
今朝の体温は27度8分。
汗はすでにカラダ全身に流れ、めまいと頭痛で限界かとも思った。
舞台の袖から指揮台へなんとか歩き、客席へ向けてゆっくりと一礼
する。たくさんの拍手を受けながらゆっくりステージを振り返ると、
仲間達の表情は言葉にならないほど優しく、とても輝いて見えた。
一人一人と目線をあわせ、口にすることはできないが、演奏前の
最期のメッセージを送る。 「よし、頑張ろうか」。
この瞬間、僕は仲間達に大きな力と、勇気をもらった気がした。
指揮棒を構えると、みんなの表情は一気に引き締まり、いつの間にか
めまいと頭痛も気にならなくなっていた。
一呼吸おいてから、力づよく、でもゆっくりと棒を振り始めた。
ひと振りごとに、これまでの練習の日々や思い出が甦ってくる。
言葉も交わさずに、目線と、指揮棒と、このカラダ全身とで、
目の前の70弱の仲間達と心を通わせることができる。
ステージ上の、誰一人も残さず、その10分間で目を合わせた。
皆、力強く、まっすぐに、最大限の力を発揮しようとしているのが
感じられた。
本番、客席を背にして指揮を振るこの10分間の間、僕は世界一の
幸せものになることが出来るのだ。
客席からの、絶えることのない大拍手を全身に浴び、アンコールを
迎え、すべての演奏がおわると、一気に全身の力が抜けた。
言葉になんかできない、そのときの感情は、皆の前で口にできるほど
簡単なものじゃなかった。
この気持ちをみんなに伝えるのは、今じゃない。
そう思った。