生きるのがつらいのに、
生きてたくなる瞬間がちゃんとある。
そのたびに思う。
わたし、たぶん、けっこうちゃんと人に愛されてる。
でもたぶん、わたし自身がその事実を疑いすぎてるだけ。
今年の夏も、もうずっと湿気でふやけてしまいそうだ。
カーテンを開けた瞬間、うすい光と一緒に入り込んでくる熱気に、心がずっと押し花みたいにぺたりと潰れている。何かをする気力も起きなくて、ぬるま湯の中でじわじわ溺れていくような午後。Tiktokを眺める指先だけが、ちゃんと動いてる。
ほんとうは、もっと誰かが恋しい。
大学の友達、駅のホームでばったり会う高校時代のクラスメイト、偶然横に座った講義の隣の子。
あの「さりげない関係」に、ずっと救われてたんだなって思う。
だけど夏休みは、そういう出会いがごっそり抜け落ちて、
一気に“無”に引き戻される。
生きたい日と、そうじゃない日
たまに本当に「死にたい」って思う。
でも、Berealのリアクションが来た時、夜に届いた友達のスタンプひとつでも、「もうちょっとだけ生きてみようかな」って思えたりする。
家族の「今日もかわいいね」の一言で、
ちゃんと生きてるんだって、
見栄でも嘘でもない、少しだけ前向きな自分になれる瞬間がある。
夏休みって、自由なはずなのに、どうしてこんなに牢屋みたいなんだろう。
スケジュールが真っ白なのがつらい。
「今日誰とも話してないな」って気づくのが怖い。
大学に行きたいって、心底思う。
課題は大変だったけど、誰かと「今日のレジュメ見た?」って交わす言葉が、
なんだか“自分”を支えてた。
非現実の夏
朝昼逆転して、夜にちょっとだけ出かけて、帰ってきてまたスマホ。
「誰かに会いたい」「何者かになりたい」って、何度もループする。
そんな自分を恥ずかしいと思いながら、
でも、きっと誰かも同じ夏を送ってるって信じたい。
終わりのない、でも続いてく夏に