障礙者について考えてみる
昨日はドラマ「愛はみえる~全盲夫婦に宿った小さな命」を観てました。全盲のシンガー・ソングライターの立道聡子さんをモデルにして、上戸彩さんが主演のドラマです。見ていていろいろ思うところがあったので、障害者について調べてみました。昔、ラジオだったかな?で米倉斉加年さんが、言っていた言葉を思い出しました。記憶があやふやですが、障害者というと障害物競走というように、障害になる人のように聞こえる。表現を改めるべきだという趣旨の発言です。最近はこれをうけて、障がい者という言葉を使ってみたりしてますね。調べてみたら、そもそもこれが間違いで、もともとは障礙者だったのですね。そして「礙」の俗字が「碍」なので、障碍者という表記が正しいようです。goo辞書によると「碍(がい)」とは「さまたげる 進行を邪魔して止める。」という意味があります。「害(がい)」とは「順調な生存の妨げになるもの。災い。」という意味があります。戦後の漢字制限で「礙」「碍」の漢字が常用漢字から外されてしまい、結果として「障害者」という言葉が使われるようになったようです。これを受けての「障害者基本法」であって、これを基に障害者と言っているのですね。人数は、2008年3月24日に厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部企画課より発行された平成18年身体障害児・者実態調査結果によると、在宅の全国の身体障害者数は、3,483,000人と推計されている(2006年7月1日現在)とのことです。世界では、毎年約790万人の障害児が誕生している。これは、全出産数の約6%を占めている。う~ん、結構無視できないパーセンテージなのですね。そもそも、人と違うことがそんなに悪いことなのでしょうか?ボクは普通は嫌いです。何か人と違うところが欲しい。それが自分にとっての弱みなのかもしれないけど、同時に強みだとも思うから。ドラマの中で、絶対音感について出てきましたが、例えば絶対音感を持っていない人は障碍者なのでしょうか?100mを9秒台で走れない人は障碍者なのでしょうか?身長が2mを超える人は障碍者なのでしょうか?人にはできることとできないことがあります。大半の人ができることをできないから、障碍者と言っているだけ。できないならできないで、できることやればいいじゃない!無理に一緒にやろうとしないで、自分のできるところで頑張っていくのがいいと思うし、それを応援するのがステキだと思います。ドラマでも音楽でも日記でも、こうして人を動かす何かを与えることが重要なのですね。何かをやって、何かを作って、結果何も変わらなければ、やらなかったのと一緒。やっぱりボクも何かのきっかけになるようなことをしたいです。