気が付くと11月!秋も深まり、寒さも一段と厳しくなりました。

仕事を始めてから、お辞儀される回数が増えました。
一日に「ありがとうございます」「すいません」と頭を下げられる回数が多いです。

日々の行動に気付く人は気付いてくれるということですね。
今までが気付かれなさすぎなのですかね?

ふと思い出しました。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」

あれ?これって、出典はなんなのだろう???

最近、古事記・日本書紀を読みましたが、そんな記載は出てこない。

そもそも古事記も日本書紀も歴史を記しているだけで、
聖書ではないんですよね。
最大の違いは行動規範を含んでいるかいないか。

聖書・コーランは嫌っていうほど、ああしろ、こうしろと書いてあります。
古事記にも日本書紀にもそんな記載は一切出てきません。
このあたりに、日本人の勤勉さの秘密があるのかもしれない。

さて、話を戻して・・・

出典を調べてみました。
結論、俳句詠み人知らず or ことわざ
ということで片づけられておりました。

松下幸之助さんが使ったとの記載がありましたので、
調べてみましたが、杉並区長の山田 宏さんという方が
松下さんに言われたということしか分かりませんでした。

座右の銘にしている方もちらほらおられるようです。

さて・・・ここからはボクの推測です。
そもそも出典が分からないということは、誰も本来の意味が分かっていないのでは?
先日気になって古川柳について調べてみました。
思うに、これって古川柳の1つなのでは?

孝行をしたい時分に親は無し

これは古川柳の1つらしいです。

デジタル大辞泉によると
親の気持ちがわかるような年になって孝行がしたいと思っても、もう親はいない。親の生きているうちに孝行しておけばよかったと後悔することが多いということ。
との記載があります。

作者は親孝行しろなんて言ってない。
むしろそういう現状を皮肉った句です。

似たようなものとして、
健全な魂は健全な肉体に宿れかし
なんてのもありますね。

最近、昔の本を読み漁っておりますが、その理由の一つが、
そもそも出典のわからない言葉なぞ信用できないということです。

出典は大事です。