何処かに故郷の 香を乗せて~♪
あゝ上野駅 井沢八郎
みなさんは旅行や出張で長距離移動する際、主な交通手段は何ですか?
東京ー函館とかなら、迷わず飛行機、という時代ですね。
ちょっと時間かかりますが、あえて最近開通した北海道新幹線で行ってみる、というのも面白いかもしれません。
今日は電車の話です。2009年3月14日に姿を消した、寝台特急富士はやぶさ号について書きたいと思います。
寝台特急というと、20世紀、昭和の高度経済成長期の日本を象徴する乗り物です。
長距離、長時間を一日中、夜通し走り続ける寝台列車。
就職列車に ゆられて着いた~♪
遠いあの夜を 思い出す~♪
青森や秋田から東京へ集団就職。
東京の北の玄関口、上野駅は、6年前くらいまでは、そういう雰囲気がまだ残っている駅でした。最近は近代化していて、もはやその面影すらありませんが。
東京西の玄関口、東京駅は、それに反して華やかな印象の列車達が発着します。
東京ー博多、熊本間を結んでいた寝台特急 富士、はやぶさ号。
当時、1970年1980年代の全盛期だった頃は「走るホテル」と例えられた程、華やかな列車だったそうです。
昭和のブルートレインブームの火付け役。
私も小学生の頃、ブルートレインの絵本片手に、いつか乗ってやると憧れていた物でした。
時は流れ、平成の時代、そして21世紀へ。
私の2008年の金運活動開始時期、私も小学生から30才のいい大人になっていました。
そんな中、寝台列車が次々と姿を消す中で、私の憧れの列車、富士はやぶさ号も2009年の3月のダイヤ改正で消滅、という情報を得たのでした。
その時は、引き寄せの法則実践練習中で、乗れなくなる前に乗りたい、という衝動に素直になり、チケットが取りにくくなる夏休み前の、梅雨時期の7月前半に富士はやぶさ号に乗ろうと決意したのでした。
そして、週末土曜日、東京駅10番線18時00分、九州熊本へ向けて出発しました。
所要時間約20時間!!
気の遠くなるような長時間。
ある側面から見たら、ただ効率悪いだけの列車旅です。
船の旅よりかは速いかな、くらいの世界ですね。
事前に連絡しておいたので、途中、名古屋駅で会社員やっていた友達も、名古屋駅で乗り込んで来ました。
二人合流し一路、九州へ。
部屋は私はA寝台個室という一番豪華な部屋を取り、友達はB寝台という、一番安い二段ベッドの、「いかにも」な寝台列車の席を取りました。
両方とも、寝巻きが用意されていたので、それに着替えると、走るホテル、というより、走る旅館な気分になりました。
二つ席を取っていたので、かわるがわる二つの席を堪能してみたりしてました。
列車は昭和の列車をそのまま使い続けているので、ところどころガタが来ていました。壊れていたり、錆びていたり、シートも穴あきや剥がれていたり。どこを見ても時代を感じました。
大阪、神戸と通過して行き、広島付近を走行中には、すでに明るくなっていました。
山口県の門司で、ふぐの駅弁ゲット!有名らしかったので堪能したりしてました。
そうこうしているうちに九州上陸。
私にとっては人生初九州でした。
関門トンネル出たあたりから、二人とも疲れが出たせいか、乗り物酔いが始まり、気分が悪い状態に!!
友達は気持ち悪い+頭痛も始まり、まさに生き地獄。
また人身事故等の影響で6時間以上遅れて博多駅到着。しかも大幅な遅延の為、列車は熊本までは行かず、博多駅止まり、となってしまいました。
博多駅に降り立ち、改札を出てみて感じた事。
博多の若者達は血気盛んな印象でした。
乗り物酔いでつらそうにドラッグストアを探している時にそう感じました。
男の子達はすれ違いざま、にらめ付けて来たりして、みんな、ナゼか目つき鋭いなと思いました。
よく言う九州男児ってこんな感じなの??
同じ日本ですが、所変われば若者達の生態も変わるものだなあと思いました。
酔い止めと、頭痛にバファリンをゲットして、ベンチでしばらく休んで、その日のうちに新幹線で九州博多駅を後にしたのでした。
寝台列車でトコトコ揺られて東京ー博多間はかなり長く、肉体的にもかなりきつかったですが、帰りの博多ー東京間の新幹線のぞみ号は、ビーアンビシャス!ほんの一瞬の出来事みたいに感じました。
今となっては、もう二度と乗れない寝台特急富士、はやぶさ号。
私にとっての良い思い出です。
最後に
銀河鉄道999のテーマ曲を
↓
ゴダイゴ
銀河鉄道999
さあ行くんだ その顔を上げて
新しい風に 心を洗おう
古い夢は 置いて行くがいい
ふたたび始まる ドラマのために
あの人はもう 思い出だけど
君を遠くで 見つめてる
お読みいただきありがとうございます。
