言葉の中にこの国の歴史があり
この国の歴史も言葉の中にある
この国ではとても短い間に言葉が生まれ、また死んでいく。大変不思議なことには、自然に使われ続けていた言葉が、あるとき突然に、醜いとして、疎んじられ、虐げられ、「禁句」となる。そして、しばらくすると文字通り「死語」となる。この国では言葉は、論理学上の言葉ではなく、美学上の位置づけの性質のものなのか?と落ち込んでしまうことが時としてある。もともと(古代より)この国のことを言霊(ことだま)の国というらしい。言語学的というより社会学的に理解していくしかないのであろう。
ついこのあいだ、次姉と老人福祉の問題につき、在宅介護か施設介護か論議していたときであった。これについては別の機会に論じたいが、近代産業(自動車)の出身の私には施設介護が在宅介護より経済性に於いて劣るということが、どうしても解せない。そのときたまたま私が「養老院」という言葉を使ったら、姉上からひどいお叱りを受けてしまった。皆が嫌がる死語だというのである。姉上にとっては「老人ホーム」でも時代遅れな感じだとの由。
私は筒井康隆氏を文学者として強く支持する。日本人の皆が、氏の「断筆」に至られた意味を、その作品から読み取るべきと思う。氏の青春小説も素晴らしいが、大人向けの諧謔(ユーモア)小説は腹の底から本当に笑える傑作揃いである。何故ノーベル文学賞受賞がないのだろうか。少しの難点は、時々作品の中で得意のSFに逃げ込まれるところだが、そのSFも次第にさらっとした「枯れた」ものになった。氏の作品の中で使われた言葉を捉えて「差別語」として指弾する人々の勢力が、氏をして断筆にいたらしめた訳だが、私は氏を指弾された方々の方に(別に喧嘩を売るつもりはないが)「大人」としての心の狭さを強く感じる。私は土井孝子流の憲法論議や基本的人権(「表現の自由」を含めて)などとの議論などしたくもない。このような(タイプ)の人々ほどその手の議論がお好きなようだが、その実本当は民主的ではない人が多いのである(後述)。
例えばの話、視覚障害者と呼べと強要される方々は、決して「そこのブラインドを開けて」と言ってもらいたくない。英語は何百年も変わっていない。米語でサンシェイドと言っていただきたい。だけど機械工場の設計や現場でパイプの片端を「○○○にしろ」とも言えないのだろうか?「言葉狩り」は民主主義の敵なのに、言葉狩り屋さんたちは、それが分からないのである。言葉狩りは何時の時代でも全体主義の萌芽である。大和言葉で言うと一番差別的となり、漢語で短く(盲人)と言っても許されない。「視覚障害者」といわなければならないそうな。言葉狩りは特にここ数十年間の世の中の変わりようなのかな?
何もそのような人々を持ち上げようというのではないが、そのような人々は概ね優しい柔らかいハートを持っておられる。そして大体が左傾の思考パターンを持っておられる(弱者からの発想)。そのような方々にも、どうかもうひとつ大人になられて、社会全体、文明や文化の全体について考えていただきたいのである。
同様に優しい、柔らかいハートを持っていて、逆に右傾の思考パターンを持っている人々の「言葉」に反応する例を挙げてみよう。少し硬い話になるが憲法の解釈学。まず明治憲法の「天皇機関説問題」。悪しき政党人と扇動者がいなければ、何の問題もなかったのだが、「天皇は元首という国家の諸機関の一つ」という何の不思議もない認識論に過ぎない表現が、機関という「言葉」のイメージ、語感、「言霊」が、法学的(論理学的)思考のできない右傾の人々には、一般の人々も含めて、許せなかったのである。
そして昭和憲法の「象徴天皇制」。起案者(某国民主党左派)はわが国の民主化プログラム、即ち軍国主義撲滅プログラムのトドメとして、「元首」の代わりのわざわざ「象徴」という言葉を持ち込んだのである。敗戦に至るまでの我が国の軍国主義に対するに、戦後の占領軍の民主化プログラム(軍国主義撲滅プログラム)は、共に実体論であり、法理論ではない。戦後でもしぶとく残った右傾の人々と、一般の人々も、象徴という「言葉」のイメージ、語感、「言霊」が許せなかったのである。簡単に私見を述べよう。
私は日本の憲法学の「訓コ(くんこ)注釈学」に絶望的である。明治維新以来の法体系(民法、刑法その他の法令や判例など)が、先ずあったと考える。それらが「絹布の法被憲法」即ち明治憲法を含めて全体が「国家基本法」に帰納されていくものだと思う。帰納されるのであるから憲法だけを見れば、抜け漏れは起こって当然。極端に言えば、我が国の憲法なんて十七条の憲法でも、武家諸法度からでもいい。不文法の英国ではマグナカルタからといわれている。古いほど国民にとっても国家にとっても格好がいいと考える。
(個人的に)明治憲法は旧約聖書、昭和憲法は新約聖書みたいなものと考えている。結論、明治憲法でも昭和憲法でも天皇は「元首」という国家の組織の一つである。我が国の政体(古くは国体)は立憲君主制として何ら変更はない、と誇りたい。首相の権限の強化、司馬遼太郎氏の問題とされた「統帥権」を含めて、全ては運用の問題だったと考える。
米国は勿論、英国でも統帥権は国家元首にある(英国は首相に委任)。その発動を国民とその代表である国会が如何にチェックするかである。全ては「運用の問題」である。我が国民の悪いところは、「運用の問題」を直ぐ下手な憲法解釈に求めたがることである。しかし、日本国民は、例え「押しつけ」昭和憲法でも、現行の法の一つである限りこれを尊重しなければならない。戦前の「絹布の法被」憲法より権威は相当落ちるが・・・・。
ところで戦後五十数年の「憲法改正」問題。これがまた「言葉」の問題である。英国式に帰納法的に解釈すれば既に立法(自衛隊法他)と国民の合意で「改定」されたと考える。米国の様にフランスから導入した成文法主義に拘れば、「アメンドメント」(不具合な箇条の修正ないし追加)すればいいのである。言葉の問題として、改正というから、逆に「改悪」といわれるのである。理想的には、前文を中心に全面改訂(日本語化)したいとも思っている。しかし現実的には、まず改正条項に従っての九条の改定であろう。
プログラムがあるから法の基本を変えるという方法(理想主義的)
実体に合わせてゆくため法の基本を変えていく方法(現実主義的)
貴方はどちらのタイプですか?
実は、社会学的にいうと優しく、柔らかいハートの人々が「困ったちゃん」たちだとされている。とても逆説的だが、これらの人々は、堅固なマインドが足らない傾向が多分にあるとされる。例えば、現代日本語として、何がシルバー(老人)だ、何がホームヘルパー(家政婦)だ、ハローワーク(職安)だ、と硬いハートと厳しいマインドをもっていたいと思っている私である。それでも涙もろいところは十分にもっているつもりだ。
今日の日本人は、明治の文明開化の当時の翻訳者たちが、どれほどか苦心して日本語を「造って」きたかをすっかり忘れてしまっている。それらの言葉は中国、韓国でも使われた。
現在の世の中の極めて短期的な言葉の状況の中で、周囲に変な気配りをして、いちいち言い換えなければ発言できないなどどうかしている。この言霊の国では、よく差別語というが、私は違うと思う。美醜の醜、「醜語」なのだと思う。論理でなく美学なのだ。この国の人々の古代から続いた、あまりにも神経質的な、感覚的な言霊の呪縛なのである。
若いころ職場の上司と喧嘩したことがある。感性という言葉が流行っていたころである。私はあくまで感受性が正しい日本語だと主張した。しかし「感性」は定着した。世の中は変わっていく。変革は、時として人類の文明と文化の進捗を、本当に伴って来るときがあるので(悪い方の変革も多いことを銘記)個人も付いて行く努力が必要である。
・・・・2/2へ
