士道不覚悟の五文字ほど、江戸時代の侍達の恐れた言葉はない。例えば忠臣蔵の討入りの後の吉良家。いわれなきこじつけで、士道不覚悟を理由に取り潰された。又例えば武士が道を歩いていて後ろから闇討ちにされた。発見した町方役人は武士の情けとまず手を刀にかけて何寸か抜いてやる。そうしないと被害者の武士が士道不覚悟となってしまう。検分の目付は分かっていても目をつぶる。

三百諸侯は天下泰平の世をみんな仲良くやって行きたかった。しかし殿様同士や侍同士の諍いもやはり絶えなかった。

「これではいけない」と側用人の榊原陣左衛門は考えた。殿様同士の仲違い。それも従兄弟同士に当たるのに・・・・。事の始まりは自分の殿様が相手の殿様に不用意な発言をしたことにある。「貴藩の侍はそのときの町人を無礼討ちにすべきであった。普段から細身の刀を落し差しにして重いと言うようなへなちょこ侍だから町人に面罵されても逃げてしまった。士道不覚悟!」

相手の殿様は「そのような今風の太平侍は江戸表にはごろごろいる。貴藩にもいるではないか。当藩に限ったことではない。本人は逃げたのでなく、無駄な殺生を避けたまでのこと。士道不覚悟の言葉を軽々に使うことこそおろか!」

双方の殿様の認識は幾重もの伝聞によっている。陣左衛門は相手の殿様の江戸屋敷を訪ねた。相手は江戸家老が対応した「恥ずかしい限りで、当人は今謹慎させている」陣左衛門は言った「貴藩と当藩は親戚同士。今の殿同士の諍いは見苦しい。国許と江戸表では事情も違う。どうか真実を教えていただきたく」

「実は当人は江戸詰めになったばかり、そして藩内一の使い手。殿は何故切らなかったとお怒りだ。それに従兄弟殿にも罵られて」「ということは、するが堪忍ですか、江戸市中の噂とは実に怖いもの。この件は当藩の殿が悪ろうござれば、その韓信殿は許していただきたく」

双方の重臣二人は従兄弟同士の殿様を如何に仲直りさせるか相談した。江戸家老は相手の側用人が謹慎を解いてくれと頼んだと告げた。陣左衛門は殿様に剣術試合の果たし状を持ち帰った。

遺恨だらけの従兄弟同士の殿様の上覧。試合は完璧にその韓信殿が勝ち抜いてしまった。陣左衛門の殿様の口から「悔しいが敵ながらあっぱれ、国士無双!」「殿、あれが股潜りの韓信です。これからはお言葉を慎まれるように」


                                               (Mar.28,2005)

 
イメージ 1
 
イメージ 2