吉田幸太夫という中高年の武士がいた。若い者たちはもう知らないが、昔藩を危機から救った功労者であった。

おぞましいお家騒動だった。両派から勧誘されていた幸太夫は謀叛派に組すると見せて、その首謀者達から計画を聞きだして切り殺してしまった。
目付の補佐として是は是、非は非としてその他の藩士も厳しく糺した。

藩政は正常に戻った。しかし幸太夫にはわずかな加増だけだった。別に藩が吝嗇な訳でもなく幕府の目を憚って秘密を守ろうとした。幸太夫には又平凡な中級武士の生活が待っていた。

しかし新しい殿様の代になると幸太夫は厚遇された。何しろ昔謀反を阻止した功労者であり、即ち今の殿様の恩人でもある。監察という如何にも幸太夫に相応しい役職が用意された。

藩内はぴりりと引き締まった。古い者達には幸太夫の昔の活躍が思い出された「あ奴は凄かった、鬼の幸太夫だ」

殿様は幸太夫に頼んだ「ご老体、いまひとつ、江戸表の悪を糾してくれぬか」幸太夫はなぜか辞退し続けた。しかし、封建時代の君命は二度まで、三度目は切腹しなければ断れない。

幸太夫は江戸表に上った。色々と調べたらやはり醜い江戸表の内実。幸太夫の打った手は早かった。監察として全権をもって厳しく処分した。昔の幸太夫を知る者達は変に納得した「やはり幸太夫は鬼だ」

処分された中には殿様が贔屓にしていた者達まで含まれていた。殿様は「飼い犬に手を噛まれるというのはこのことか」と大いに嘆かれた。幸太夫は隠居を願い出た「是は是、非は非だが、人情においては忍びなかった」

その言葉を聞いて藩士の多くのものが幸太夫という人間を初めて理解した。
「鬼の目にも涙か、本当の功臣だった」と殿様。


                                                (Apr.4,2005)

 
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