似たもの同士の両親は喧嘩好きだった。幼い修平が犬に噛まれたと泣いて帰ると手当てもなしで、棒を持たされ「ぶっ殺して来い」と追い出された。子供同士の喧嘩も勝つまでやって来いと家に入れてもらえなかった。
修平は相撲は大好きだったが喧嘩は嫌いだった。実は子供のときから刃物を含めて尖ったものが苦手だった。二十歳になる頃には六尺を超える大男。草相撲では大関を張っていた。
早速この稼業向きの女房を貰わされた。喧嘩好きで博打にも明るい。修平夫婦は一応仲が良かった。
修平の名は相撲で知られていたが、両親に嫌々墨を入れさせられてからは、素人相手には出来なくなった。しかしある日往来で不良浪人を投げ飛ばし悶絶させて男を上げた。修平としては嫌な刀を抜かせぬように寄り身になって手玉にとっただけだった。
二代目の修平の真骨頂は周旋。喧嘩好きの両親や嫁さんの巻き起こすごたごたも全て解決する。名を知られた大男が何処までも行ってぺこぺこ頭を下げる。本当のところは相手がドスに手をかけないように必死なのだ。
博打場の揉め事も修平の出番。ドスを抜いた連中にも「俺は見なかったことにするから鞘に納めてくれ」
相手にも身内にも例のぺこぺこ。両親も嫁さんも修平のやくざとしての格好悪さにはもう諦めていた。
在所、在所の余所(よそ)の一家同士の対立にも周旋を頼まれるようになる。双方に何度も出張って一生懸命に例のぺこぺこ。実のところは出入り(喧嘩)のドスや竹槍が嫌いなので仲介している。
嫁さんが初めて修平の尖端恐怖症に気付いた。夫婦の痴話喧嘩で包丁を首に突き付けて脅かされた修平の顔が語っていた。
「刃物が怖くて出入り(喧嘩)はどうするんだい」
「六尺棒でも持って行こうかな」
「出入りになりゃー私がドスを持って立つから、あんたは周旋専門だ」
あんなこんなでこの大男の二代目は大親分と呼ばれるまでになった。
(Feb.05,2005)
修平は相撲は大好きだったが喧嘩は嫌いだった。実は子供のときから刃物を含めて尖ったものが苦手だった。二十歳になる頃には六尺を超える大男。草相撲では大関を張っていた。
早速この稼業向きの女房を貰わされた。喧嘩好きで博打にも明るい。修平夫婦は一応仲が良かった。
修平の名は相撲で知られていたが、両親に嫌々墨を入れさせられてからは、素人相手には出来なくなった。しかしある日往来で不良浪人を投げ飛ばし悶絶させて男を上げた。修平としては嫌な刀を抜かせぬように寄り身になって手玉にとっただけだった。
二代目の修平の真骨頂は周旋。喧嘩好きの両親や嫁さんの巻き起こすごたごたも全て解決する。名を知られた大男が何処までも行ってぺこぺこ頭を下げる。本当のところは相手がドスに手をかけないように必死なのだ。
博打場の揉め事も修平の出番。ドスを抜いた連中にも「俺は見なかったことにするから鞘に納めてくれ」
相手にも身内にも例のぺこぺこ。両親も嫁さんも修平のやくざとしての格好悪さにはもう諦めていた。
在所、在所の余所(よそ)の一家同士の対立にも周旋を頼まれるようになる。双方に何度も出張って一生懸命に例のぺこぺこ。実のところは出入り(喧嘩)のドスや竹槍が嫌いなので仲介している。
嫁さんが初めて修平の尖端恐怖症に気付いた。夫婦の痴話喧嘩で包丁を首に突き付けて脅かされた修平の顔が語っていた。
「刃物が怖くて出入り(喧嘩)はどうするんだい」
「六尺棒でも持って行こうかな」
「出入りになりゃー私がドスを持って立つから、あんたは周旋専門だ」
あんなこんなでこの大男の二代目は大親分と呼ばれるまでになった。
(Feb.05,2005)
