
国許に帰った殿様も側用人の上杉数馬も気付いた。藩内の激しい反目。根は深くて藩の財政を立て直すのにどうするかの議論。
当事者の勘定奉行と郡奉行の対立。何とか学者の入れ知恵で殖産興業を速やかに行うべしとする勘定奉行に、民は疲れている、もう少し緩やかにとの郡奉行。下々は平侍から上は家老達までを二分する諍い。筆頭家老はどっち着かずだったが、次席家老以下の重臣達は夫々勘定方派と郡方派に分かれて激しく対立。
「江戸表の費えが多かったのであろう。皆に謝る」と殿様。
ここ数年大名としての付合い事の出費を国許に強いた。
上杉数馬は双方の意見を聞くのみでなく、小姓組々頭に殿様を委ねて何処へも出かけた。
郡奉行に仁義を切って調べてみた。「藩内に殖産興行の芽は確実に育ちつつある。年貢を主体とする収入も悪くない。藩財政のガンは借金だ」と気付いた。勘定奉行に頼んで借用書を見せてもらった。やっぱり無理をしたのか高い金利のものが多い。
計数に明るい勘定方の侍に計算させてみた。全て低利の借金に借り換えができると藩財政は拮抗。元本の償還を含めてだから素晴らしい。
御前会議。重臣達が居並ぶ。
「筆頭家老は隠居。当分の問上杉数馬を筆頭家老とする。数馬を残して江戸表へ立つ我が心を理解せよ」
殿さまにここまで言われると藩内の対立どころではなくなった。
藩内は勿論。数馬の大阪や京都や江戸への幾度もの出張。数馬は常にあの計数に明るい勘定方の侍を伴って借金の借り換え。又、藩の物産の売り込み先を探すのに郡方のベテランも伴った。
殿様の次のお国入りのときまでには藩財政は立ち直っていた。
「数馬、でかした。しかしやっぱりお主が国許で筆頭家老かな?」
元々江戸表で育った数馬である。複雑な気持ちであった。
(Mar.17,2005)