イメージ 1

                                              太郎左ヱ門

梅木助衛門の放逐を悔(く)やんだ殿様。あれはちょっとした自分の短慮だった。あのとき我慢してればとの悔恨。

江戸詰めの助左衛門はそのまま江戸で町道場を開き成功。広く剣名を知られるようになった。

「確か貴藩に縁(ゆかり)の者では」と聞かれると恥ずかしくて穴にも入りたい。
「あ奴の剣の技量がそれ程までとは気が付かなかった。いっそ上位討ちにでもと思うが今ではもう遅い」と悔やむ殿様。

「毒をもって毒をとも言う。何れにか助左衛門に勝てる剣客はいないか」
との殿様の下地で江戸家老初めが検討してみた。今の梅木道場を破れる剣客などそういない。

「待てよ、国許ではどうだ」と殿様。
西国の大藩である。それに叶う猛者(もさ)がいるかも知れない。

指示を受けた国許でも色々と検討したがいない。江戸で剣術修行をして来た者が皆そう言う。

国家老の一人が武勇で知られる他藩まで頼みに行った。
「恥を忍んでお頼み申す。斯く斯くしかじか」
相手の家老は「そりゃ面白ごわす。江戸とは剣の流儀に違いもありもす。道場破りも可能かも知りもさん」

暫くしてこの助っ人の道場破りが梅木道場に現れた
遺恨たらたらの殿様は吉報を待った。

「示現流と見たり。中々のものでした」と師範代の段階で助っ人は軽くあしらわれて帰ってきた。

それを聞いた殿様の悔恨。自分の非は棚上げにして未練たらたら。
「助左衛門の帰参の道はもうないものか」



                                             (Feb.13,2005)