長らく書棚に眠らせていた本書だが,気が向いたので一読を試みた.
 

 おそらくアーレントが的にかけたのは,ポリス = 公的領域 that require [多数性, 他者性, 差異性] to その領域を往き交う言動 と その領域を往き交っていた[多数性, 他者性, 差異性]縛りの言動が古代ギリシャとともに滅亡したということだろう.

  「政治的」という語句を「社会的」としたラテン語訳と軌を一にして,かつて公的領域と称ばれていた領域が社会的領域に変質した.社会的領域は,[多数性, 他者性, 差異性]ではなく,[画一性]をrequireする その領域を往き交う言動に対して.

 

 社会的領域は我々世代の日本人であれば,世間と訳されれば解り易い.

 

 じぶんが憎んでいたのは,世間 = 社会的領域.その領域を往き交う言動に対する要求やそれを是認する連中だったのだ.

 

 アーレントが唱いあげたのは,失われたポリスへのラヴ・ソングだ.おれが『The Brilliant World』という楽曲に登場させた「領土持たざる國」はポリスのような場のイメージだった.

 

 仕事の理念性は揺るがない.[真, 善, 美]への意志を持つ個体群は全滅しない.

 活動の理念性も揺るがない.良心の自由に基づいて,[多数性, 他者性, 差異性]を意識した言動を心掛ける個体群も全滅しない.

 

 期せずして,見晴らしがよくなった.

 40になる前後から,マンガを創るようになった.尤も画は描いていないのだが.

 幾つかの分野を渡り歩いてきたおれは,マンガがそのauthorに対して一枚の画@マンガに対して注ぎ込む{情報量}の操作を赦していることや必ずしも精確でなくともよいことに愕いている.

 まだ慣れていないことがある.それが擬音を用いなければならないという縛りだ.擬音を用いなければ動態が伝わらないことが多いので,「縛り」と形容してもよいだろう.

 他人が描いたマンガを観ているときは気にならないのだが,いざじぶんで描くとなると,擬音を用いるのが気恥ずかしい.TV dramaに出演した演者さんが発砲sceneはrehearsalでは撃たせて貰えなくて銃声をscatさせられるとコボしていたが,たぶん,そういうことだ.

 同時に,今まで意識していなかった擬音の凄味も実感している.例えば,「ぽよよーん」は実在しないが,それだけで「躍動している」ことを表せる.「くわっ」「どきどき」も然り.

 擬音を用いはじめて,北条 司はその点でもずば抜けていることに気づいた.

  REBECCA 『フレンズ』(1985.12.25渋谷公会堂)

を観る度,泣けて泣けて泣けるんだよ,どうしようもないほど.

 

 『その男、凶暴につき』『GONIN』『いつかギラギラする日』をそれぞれコスりまくってたおれが,どうして新海 誠『君の名は。』にドハマりしたのか?

 実は,それらに共通しているのは<青春>なのではないか? 『冬の西瓜』@「人間交差点」 likeな?

 <人間>的な情熱が奇蹟を惹き起こすのを期待しているcrazyなromantistなのかもな,おりゃ.