若干31歳にて国立大学の薬学研究科准教授の炭次郎主人公※が過労死し、死後に異世界に転生、現代の薬学知識を活かして活躍するというお話です。現代知識を活かして異世界で活躍するという良くあるパターンの話ですが、正直面白くはありませんでした。5点満点中★1つです。でも面白くないからこそ、ちょっと思うところもありました。
- 数々のチート
上述の通り、若くして薬学の准教授となった秀才の主人公が異世界に転生します。異世界では10歳の少年の体となりますが、この際に数々のチート能力を得ます。1つが現代の薬学知識。主要な薬剤の分子構造は全て暗記しており、化粧品にまで精通しています。2つめがあらゆる病気を見つけ診断する魔眼。人を見るだけで病気の部位、診断名、治療法の是非まで分かる、という能力です(しかも遠距離、壁越し、人間以外にも使用できる模様)。3つめが魔法。魔法はこの世界の貴族の間では一般的な能力ではありますが、主人公の魔法能力は異世界の常識をはるかに逸脱した能力で、分子構造さえ理解していれば、金だろうが海だろうがあらゆるものを創造し、また消去もできます。さらに魔力も無限で、魔力量を見た作中人物からは「化け物」と恐怖されるレベルで、まさにチートと呼ぶにふさわしい能力です。4つ目が立場。侯爵よりもさらに上の最高位の爵位を持つ家の御曹司として転生します。資金面、権力面で最強のバックアップ体制です。さらに後半には神杖というチートアイテムまで手に入れます。薬学知識だけで1から伸し上がっていく話なら魅力的だったかもしれませんが、4つも5つもチートを持っているというのは、流石に盛りすぎと感じます。
- ご都合主義の展開
いくら薬学の知識が豊富でも、病気の診断が出来なければ適した薬を調剤できません。主人公は薬学者で、診断学は学んでいませんから、その隙間を埋めるために授けられたチート能力が、上記の病気を見抜くチート能力です。薬学知識を異世界でどうやって役立てるかと考えた際に、苦肉の策で考えた能力でしょうが、ちょっと都合が良すぎるきらいがあります。
また転生した先の世界では、たまたま皇帝が不治の病(肺結核)に侵されており、たまたま主人公が診察に居合わせる機会を得ます。無事現代薬学の知識で治療を成功させた主人公は皇帝に大変気に入られ、宮廷薬師の任命、薬局開業の許可、新たな法案の制定など、様々な面で優遇措置をしてもられるようになります。
薬局開業の許可を得た後も、父親が目も眩むような大金を開業資金として提供してくれ、は運営に必要な経理ができる人材も提供してくれるなど、全てがお膳立てされています。薬局開業後もたまたま近くで具合悪くなった病人も、貧血で簡単に治せ、しかもそれが富豪の侯爵家の令嬢で、2号店の開業資金を提供してくれるようになります。
その後、その異様な魔力等の特異体質が原因で教会の異端審問官に襲われることとなりますが、返り討ちにしたところ現人神と認められ、国と同等以上の権力を持つ教会までもが全面的に協力してくれるようになります。
もう何もかもが主人公のために上手く行くように作られて世界観で、全く退屈です。周りの登場人物も主人公の事を全肯定するだけの人々で、全く個性がないため、魅力的な人物がいません。
- 浅い設定
設定もご都合主義的で全く練りこまれていません。まず薬学者の主人公を活かすためなのでしょう、この世界には医師がいません。薬師と呼ばれる人たちが実質医師として活動しているのですが、チート能力を得たことで、主人公もいつの間にか医師になりきっていますが、「急患です、助けてください!」と言われて薬剤師が駆けつけるシーンには首をかしげざるを得ません。
多少でも医学知識があれば疑問に思う展開も多いです。死に瀕した病人が経口の抗菌薬だけで治せるか疑問です。また主人公は顕微鏡まで自分で開発して結核菌の顕微鏡像を披露するのですが、薬学者がチールニールセン染色(結核菌の染色)をできるものでしょうか(即興で、しかも染色液まで自作して)。さらに薬学者に過ぎない主人公が、腰椎麻酔から開放骨折の手術まで行います。化学物質の構造式の話なんて序盤しか出てこないんだから、もう最初から医師という設定の方が良かったのではないかと・・・。序盤に点滴はできないと言っているのですが、その後手術もしてますし、注射針やシリンジ、感染防護服、ゴーグルが普通に出てくるので、そのあたりにも矛盾を感じます。
- 雑な展開
薬局の運営に関しても雑です。「自分の医学知識をもってこの世界の人々の医療に貢献しよう」と高い志をもって、念願の薬局の開設をすんなり果たした主人公が、まず初めに取り組んだ事業が、なんと美白に悩むお嬢様のための化粧品開発。普通そこ?「一から始める貧乏薬局」なら資金を得るために化粧品開発も分からなくはありませんが、志しがあるならまずは人類史上最大の発明医薬品である抗生物質などを作成しません?「貧富や身分の違いに関わらずすべての人に安く医薬品を提供したい!」と言いながら化粧品を販売していいるので説得力がありません。
経営方針もひどいです。豊富な資金力と魔法で無限に原材料を作成できる強みを生かし、ダンピング(不当廉売)を行い、さらに皇帝のコネを使って競合他社の製品を法的に禁止するなど、えげつない経営をします。
主人公は秀才だったはずなのですが、行動が全くの間抜けすぎます。主人公はチート能力の代償として「影ができない」という業を負っているのですが、それを気にもかけず出歩いたためにトラブルに巻き込まれます。また、ひどい経営をしている主人公ですから当然に恨みを買って、命の危険も考えられる状況なるのですが、主人公は護衛もつけずにうろうろしています。そして案の定、罠にかかって命を狙われます。それも見え見えの分かりやすい罠にです。
終盤の展開は特に雑で、打ち切り漫画のような性急な展開です(もしかしたら本当に、もっと長く放映する予定が打ち切りになったんでしょうか??)。取ってつけた方な悪者が出てきて、薬学知識なんて関係なく、チート魔法で倒して全て解決です。
- まとめ
つっこみどころを挙げればきりがないほどで、だいぶ長文になってしまいました。上記の他にもまだまだあります。盛りすぎのチート、都合が良すぎる展開、中途半端な医学知識の披露するための浅く雑な設定と、正直続きを見るのが苦痛な程でしたが、一応レビューのために最後まで観ました。全くオススメしません。
でもこういうのを見たり、自分で想像してみても思うんですが、現代の最先端の知識だけを過去に持って行っても、それを役立てるって意外と難しいんですよね。現代のどんなに優れた医師でも薬もなければ検査機器もない中世に行っても大して役に立てないでしょう。高層ビルを設計できる建築士でも、パソコンや電卓はおろか、鉄筋製造の技術もない中世で役に立つかというと、やはり疑問です。現代知識を無理やり中世で活かそうと思うと、こうやってチートを盛り盛りにするしかないのでしょうね。それは現代の科学というのが、先人たちの礎の元に築かれているからで、その表層だけでは役に立たないというのが一つ。もう一つは科学知識が膨大になりすぎて一人が習得できる内容には限度があるため、仕事が細分化されて個人の担う分野が小さくなっているというのも理由でしょう。つまり、今自分が仕事で活躍できるのは、先人たちと、他の分野で支えてくれる他の人達がいるからであって、感謝を忘れないようにしよう、と思う訳です。
※死亡前の主人公の声優さんが鬼滅の刃の炭次郎の声優さんでもある花江夏樹さんなのですが、もう鬼滅のイメージが強すぎて炭次郎にしか聞こえません。