閖上地区は津波で750人が犠牲になられました。
2年たった今も、決して復興が進んでいるとは言えない地域のひとつです。
閖上地区は最寄りの名取駅から中心部の仙台まで15分程度で行ける地域です。
当然、住んでいる方も多くなっているので、被害の規模も多くなっています。

閖上地区へは宮城交通のバスで向かいます。
本数は一日6便程度、約2時間30分間隔で運行しています。
写真の通り、津波で被害にあった地区なので沿線人口が減少し利用者数も東日本大震災以降大幅に減少しました。
今年の4月には宮城交通は運行を終了し、名取市のコミュニティーバスとして運行していくそうです。
福島の原発地域でも言えることですが、
早く復興しなければ、被災地の人口流失は止まらないのではないか?なんて考えてしまいます。

現在の閖上線の終点である「閖上小学校」に到着してバスを降りると、写真のような光景が広がります。震災前は住宅や工場などが広がっていました。
今回、震災2年目で初めて閖上地区に訪れました。
いままで閖上に行くチャンスになかなか恵まれず以前から訪れる機会があればと思っていました。

閖上中学校です。
以前から訪れてみたいと思っていた場所のひとつです。
現在は機能を近くの小学校へ移転しています。
ここで14人の仲間が亡くなられました。

指定避難所だったことが余計憎らしく思えます。
ここでも南三陸と同じように明治の三陸大津波が基準だったのであれば、仕方ないと思う気持ちもすこしありますが、残念でならないです。

同じ年の仲間が亡くなられるのはホントに悲しい。
しかも奇しくも震災当日は卒業式だった。
生き残った生徒も幸せな一日がこんな一日になってしまうなんて。
9年間一緒に過ごしてきた仲間が居なくなってしまうことの恐怖。
亡くなられた14人は輝かしい未来があったのでしょう。
もう、言葉に表せません・・・
そう考えると、同じ中高生として震災を伝えていかなければならないという責任と覚悟が生まれました。

机には卒業した閖上中生のメッセージが書いていました。
今まで通りの生活ができていれば亡くなった彼らはきっと「今」を楽しめたハズなのに…
ホントにこれは心にグッときた。

「指定避難所」の看板に倒れかけている柱。
津波の恐ろしさを物語っています。
閖上中学校からいろんなことを学びました。
この日はホントに忘れられない1日です。


















