私の中にいるユチョンとジュンスのお話です
苦手な方はどうぞスルーして下さいね
キムジェジュンが熱く音楽事務所起ち上げの話を語っている時、店の扉を開けてふたりのヨジャが入って来た
ダウンジャケットを着ていてもダンサーとひと目でわかる体型と身のこなしで、ふたりはそれぞれバスケットを下げていた
ふたりが近付くにつれて甘い匂いが店内に漂い始めた
「ボス、おやつ、おひとついかが?」
匂いと同じぐらい甘い声でキムジェジュンに声を掛けたヨジャがバスケットの上に被せたナフキンを捲ると匂いは一層甘さを増した
ナフキンの下にはホットクやサンドウィッチ、クッキー、それとトッポギが入ったタッパーが覗いている
「ボスのお友達もどうぞ」
と甘ったるい声を出しながら俺を振り向いたヨジャの目が見る見るまん丸になって
「あら…っ!?」
そう言うと もうひとりのヨジャの腕を引き寄せて耳打ちして、ふたりして俺のことをクスクス笑っている
何で笑われているのか分からず俺がキョトンとしていると
「ごめんなさい、…テンジャンチゲ、召し上がって頂けたかしら?」
ふたりはそう言うとまた顔を見合わせて笑った
俺はふたりがジュンスが「ヌナ達」と呼んでいた人だと思い当たって礼を言った
「あ、とても美味しかったです、…ごちそうさまでした」
「どういたしまして、お腹が空いたらいつでも差し入れしますよ」
ヌナのひとりがシナを作ってそう言うと
「やめなさいよ、シアに本気で怒られるわよ」
もうひとりのヌナに小突かれてふたりしてキャッキャッとはしゃいでいる
「…皆がおやつを首を長くして待ってるぞ」
キムジェジュンがバスケットの中からクッキーの袋を手に取りながら呆れ顔で助けてくれた
「は~い♡ またね、シアの彼氏さん」
ふたりは俺に「バチッ!」と音がしそうなウィンクをすると くるりと背を向けた
「みんな、おやつだよ~」
ダンサー達の歓声にふたりは迎えられて あっという間に彼らの輪に囲まれていた
「彼女達もこの店のステージを支えてくれたダンサーで、もうすぐここから巣立って行きます」
彼女達は店で働くダンサー達の食事の世話をしている内に料理が仲間を幸せな顔にしたり心を癒す力があることに気が付いて新しい夢を育み始めたのだとキムジェジュンは言った
「ダンサーとこの店の厨房のサポートもして貯めた資金でフードトラックでの営業を始める予定なんです」
ダンサー達におやつを配りながら「オンニ、コマウォ~」「美味しい!」の言葉に囲まれているふたりにキムジェジュンは目を細めている
「妹や弟達の面倒も良く見てくれて…、月に一回、店の定休日に開くショーケースを企画したのも彼女達なんです」
キムジェジュンはクッキーを摘まみながら
「練習生時代の月に一回の評価が未だに彼らの決まり事になっているみたいで…、今度のショーケースが彼女達の最後のステージになります」
「良かったら覗いてやって下さい」と言いながらキムジェジュンが勧めてくれたクッキーは甘さの中にほんの少しの塩が効いていた
キムジェジュンと話している間に 店の片隅に追いやられていたテーブルや椅子は いつの間にか元の定位置に戻ってダンサー達の姿は消えていた
代わりに開店準備をするスタッフがフロアを行き来している
ガタイの良い見るからにボディーガード然とした男がキムジェジュンの側に来て、俺の顔を見ると気まずそうに頭を下げた
開店する前に帰ろうと席を立ってキムジェジュンに挨拶をしていると後ろから甘ったるい声がした
「あら、帰っちゃうの?」
振り返ると目のやり場に困るような衣裳を着たヌナがいた
「シアのステージ、見て行かないの?今夜のあの子、化粧ノリが良くて とっても綺麗に仕上がったのに…」
ヌナは意味深に俺を見て笑うと眉毛を下げて大袈裟に残念がった
この店のステージで見つけた時のジュンスの衝撃的な姿が頭に甦った
俺の心を読み取ったみたいにキムジェジュンが口を開いた
「デビューさせようとしているジュンスにこの店のステージを続けさせるのはどうかとも考えて、ジュンスと話したことがあるんです」
キムジェジュンが口を開いた
「ジュンスはこのステージに立ち続けると言いました…」
「……」
「ジュンスがこの店に来た時は声がまだ不安定で、ダンスだけステージで踊っていました」
キムジェジュンはそう言いながらジュンスがこの店のステージに初めて立った頃を振り返った
ダンサーとしてステージに参加しながら、ジュンスは歌の練習を続けた
ダンスの練習が始まる前に
練習の合間の休憩時間に
店の営業が終わった後に
最初は耳障りな発声に眉をひそめて耳を塞いでいたダンサー達も徐徐にジュンスの歌に耳を傾け、いつの間にかじっと聞き入るようになっていた
「ステージで歌ってみたら?」と勧められても「まだ出ない音があるから…」とジュンスは頭を縦には振らなかった
それがヌナの誕生日を店のお客が花束とろうそくが揺れるケーキでお祝いしてくれて、ろうそくを吹き消す瞬間のヌナの願い事がジュンスの歌だった
ステージの袖からマイクの前に引っ張り出されて戸惑うジュンスに
「シアがいつも歌っている曲をプレゼントして欲しいの」
ヌナはそう言ってジュンスをハグするとステージから客席に降りた
ジュンスはいつもお世話になっているヌナのために歌おうと決心してマイクを握った
目を閉じて夢中で歌った
歌い終わって目を開けるとしーんと静かで スポットライトの中でひとりぼっちみたいな気持ちになったけど
次の瞬間、割れんばかりの拍手が起こった
スポットライトが消えると客席にいるヌナが涙を流しているのが見えた…、いや、涙を流しているのはヌナだけじゃない
小さなステージと小さな会場が歓声と拍手に包まれた
ジュンスが新しい声を手に入れた瞬間だった
「ジュンスにとってステージや会場の大きさは関係ないんだと思います」
話し終わったキムジェジュンは静かに俺の方を向いた
「ジュンスが歌う理由は観客だけ…、観客の多さは関係ない、ひとりでも歌に耳を傾ける人がいればアイツは全力で歌うことでしょう…」
「……」
「もしかしたら、ジュンスはデビューなんて願ってないのかもしれません…」
俺を見つめるキムジェジュンの瞳が揺れた
「でもオレはジュンスという才能を世間に知らしめたいんです」
キムジェジュンの顔に似合わない大きな手が俺の手を取った
「デビューという夢を後輩に託してここを去って行った元練習生達のためにも…」
「では、良い返事を待ってますよ パクユチョンさん」
キムジェジュンは俺にそう言うとボディーガードと共に店の奥に消えて、俺はひとりカウンターに残された
やがて店内は暗くなり、音と光の洪水で溢れ、お客達のざわめきが聞こえてきた
細長いステージには半裸に近いダンサーがひとり、また ひとりと現れて体を絡ませて、お客のボルテージが最高潮に達しようとした所でステージの中央のポールにスポットライトが落とされた
ポールに佇む影が見えた時、俺は引き寄せられるように踊っているお客達の中へと入って行った
ポールに足を掛けて背中を大きく反らせたジュンスの姿は娼婦そのもので
指先からハイヒールのピン先まで怪しさと猥雑さを醸し出している
ポールに絡まったダンスの後にステージの際で媚びるような肢体で胸元やガーターベルトにチップを挟んで貰うジュンスと目が合ったけど
ジュンスは娼婦のとろんとした瞳のままで半開きの唇を少し尖らせて投げキッスを送って来た
そして、またお客のリクエストに歌った
どんな姿で歌おうとジュンスの歌は聴く者の心に響く
中傷されて泥を被りながら
汗と涙に汚れながら
孤独に耐えながらやっとここまで辿り着いた
ステージの上のジュンスは全てを乗り越えて強い輝きを放っている
店が終わってジュンスが通用口から出て来るのを待っているとソンジェの番号から電話が掛かってきた
「先生、ありがとう!ジュンスヒョンの歌、みんなで聴いたよ!」
携帯をタップした瞬間、ジェヒョクの興奮した声が俺の鼓膜に突き刺さった
「すぐにヒョンに会いに行けないのが悔しいよ!」
「マネージャーヒョンやスタッフがずっと一緒でさ、日本にいる時は会えるチャンスが多かったのに…」
声の大きさに抗議しようとしてもジェヒョクは早口で捲し立てるから、俺は呆れて携帯を耳から離した
やがて携帯が静かになって
「ヨボセヨ…」
どうやらジェヒョクは携帯を取り上げられたらしく、ソンジェの落ち着いた声が聞こえてきた
「ジュンスの歌、皆で聞きました ありがとうございました」
スタッフらしき人の声が聞こえてソンジェが その声に返事をするのが聞こえた
「先生にお願いがあります…」
ソンジェは声を潜めた
「オレはもうすぐ入隊することが決まってて…、ジュンスに会えるのは入隊前のスケジュールを全て終えてからじゃないと難しそうです
でも、それまで待てない…」
俺は黙って携帯を握り締めたまま頷いた
「今度のソウルコンがオレの入隊前のラストコンサートになります」
「……」
「先生、ジュンスをコンサートに連れて来て貰えませんか?」
「え…?」
ソンジェは遠目でもジュンスの元気な顔を見たいと言い、自分達のコンサートをジュンスに見ておいて欲しいとも言った
返事に困る俺にソンジェは取り敢えずコンサートのチケットを送るからと俺のアドレスを聞いた
ソンジェとの電話を切ると店の通用口から仕事を終えた店のスタッフやダンサー達が出て来始めた
2、3人ずつ出て来るのを暗くて顔が良く分からなくて、目を凝らして見ていると
その中のひとりが弾かれるように俺の方に走り出した
化粧をすっかり落として素顔に戻ったジュンスが俺に駆け寄って来る
俺の胸に飛び込んでくる幸せそうな笑顔をソンジェやジェヒョクにも見せてやりたいと俺は思った
ーーー つづく ーーー
