私の中にいるユチョンとジュンスのお話です
苦手な方はどうぞスルーして下さいね
キムジェジュンはあの夜と同じように俺を店の奥のカウンターへと誘った
俺に椅子を勧めると自分はカウンターの中に入ってコーヒーを淹れ始めた
「父親から事業を引き継いだものの何一つ自分の思い通りにはさせて貰えなくて…」
キムジェジュンはカウンターの中で丁寧にコーヒーをドリップしている
「やっと経営を実質的に任されるようになってまず手掛けたのがこの店でした」
キムジェジュンの視線の先のフロアにはダンサーが集まっている
「日常とはかけ離れた異空間のような店…、そんな店を持つことがオレの夢でした」
キムジェジュンの視線の先のフロアにはさっきよりダンサーの数が増えて音楽が流れ始めた
「最初は歌やダンスが出来る綺麗な女の子達を集めてステージで踊らせていたんですが…」
キムジェジュンは良い香りの湯気を立てるコーヒーカップを俺の前に差し出した
ダンサー達は思い思いに音楽に合わせて体を動かしている
「何か物足りなくて、オレの求めるステージとは程遠いもので…」
フロアではそれぞれがお得意のステップを披露し始めて掛け声が上がっている
「そこで思いついたのがデビュー出来なかった、つまり元練習生達を引っ張って来ることでした」
キムジェジュンはフロアで繰り広げられ始めたフリースタイルダンスバトルに目を細めた
「実はオレ、子どもの頃にスカウトされて練習生だったことがあるんです」
驚いて見上げた俺と目が合って、珍しくキムジェジュンは照れ臭そうに手にしたコーヒーカップに視線を落とした
「エンターテイメントの世界への憧れもあったし、親の事業を継ぐことへの反発もあった
でも、そんな中途半端なオレが通用するような甘い世界ではなかった…
早々に尻尾を巻いて逃げ出して親が敷いたレールの上に戻ったものの、彼らのクォリティーの高い歌やダンスが忘れられなかったんです」
フリーダンスバトルに決着が付いたようでフロアでは歓声が上がった
「音楽事務所を首になって途方に暮れている所に近付いて元練習生を安いギャラで引っ張って来る…、彼らは練習室しか知らない世間知らずで、音楽とダンスで純粋培養されたような彼らを言葉巧みに誘うのは簡単なことでした」
キムジェジュンはそう言って自嘲気味に笑った
「我ながら悪どい経営者だと思いますが、彼らを採用してからお客がお客を呼んで、数字でしか評価しない父親にも初めて認めて貰えました」
その時フロアから声が聞こえた
「シア! シア!」
ひとりの呼び声が重なって
「シア! シア!」
歌うようにフロアにその呼び声が広がって行く
「彼らを利用しているつもりだったのが、裸同然の衣裳にも瞳を輝かせてオレに礼を言ってくる彼らにいつの間にかオレの方が心動かされて、今ではここが傷付いた心を癒して新しい道を見付けるまでのシェルターみたいな場所であって欲しいと思っています」
フロアの声はだんだん焦れったくなって誰かが叫んだ
「シア、カモン!!」
その声に弾かれるようにステージ袖からジュンスが飛び降りる姿が見えた
キャップを目深に被ってTシャツとスェットのジュンスを歓声が迎えた
一番前で踊り始めたジュンスの動きが波紋のようにダンサー達に伝わって、徐々にそれは一糸乱れぬ群舞になった
「彼らの次の人生の相談に乗ったり、資金援助をしたり、…もちろんオレのことですから利益の見込めないことはバッサリ切り捨てますけど、そうしながらも このまま埋もれさせたくない、どうしても表舞台で輝かせてやりたい…、そんな才能との出会いがあります」
キムジェジュンは群舞の中心にいるジュンスを見つめた
「ジュンスと出会った時、それまで漠然と抱いていたそんな思いを実行に移す時が来たと思ったんです」
キムジェジュンは俺の方に向き直ると
「ジュンスが歌っている曲からユチョンさん、あなたのことを知りました」
いつもは本心が見えにくいキムジェジュンの瞳が俺を真剣に見つめている
「オレと一緒に埋もれてしまいそうな才能の輝きをもう一度取り戻してやりましょう」
「でも、俺はジュンスとは…」
5年前のスキャンダルのことを言い淀んだ俺に
「あなたのことは個人情報まで全てリサーチ済みです」
キムジェジュンは穏やかに笑った
「全て承知の上でお願いしています、オレが起ち上げる音楽事務所の専属作曲家になって下さい」
俺の右手は思いの外 分厚いキムジェジュンの手に握り締められていた
その時ジュンスの歌が聞こえて来た
フロアの片隅で壁に向かって歌っているジュンスの後ろ姿が見えた
さっきまで踊っていたダンサー達はフロアに腰を下ろしたり水分を手にしたり、思い思いの格好で休憩しながらジュンスの声に耳を傾けている
俺は携帯を取り出すとジュンスの歌を録音してソンジェの携帯に送った
ーーー つづく ーーー