見るともなしにTVを流しながら、雑誌をめくる。

 片手にはフォーク、テーブルにロールケーキ。

 いつもどおり、ランコントルのケーキはおいしい。

 味わいながら、もう半分のことを考える。

 山形さんも食べたかな。

 頼りがいはなさそうだけど、優しい彼の笑顔を思い浮かべる。

 大丈夫かな、あの部屋。

 何も起きてないように見えるけど、わたしが気がつかないだけで本当は大変な思いをしてたりするのかもしれない。

 変に運が悪かったり、病気がちだったり。

 『そういう人のそういうのって、偶然なんかじゃないから。』

 妹から、前にそう聞いたことがある。

 わたしは、自分も感じるだけにその可能性を否定しきれない。

ここから何がわかるわけでもないのに、わたしは何となく山形さんの部屋の方へ視線をやった。

 別に何も変わったことなどない自分の部屋の一部。

 そのはずなのに、ただの壁に急に何かを感じた。

 軽く鳥肌が立ち始める。

 なぜだかわからない、唐突に生まれた恐怖感。

 山形さんの部屋で感じたのと同じ、にらまれる感覚。

 まさか、気づいてしまったわたしにも害をなそうとしている・・・?

 それとも、山形さんの事を考えたから思い出してしまって、また怖くなっただけかも。

 そうだ、きっとそっち。

 気のせい、気のせい。

 何でも怖がって変なもののせいにしてたら、わたし自身が他人からおかしな人だと思われかねない。

 そう、怖くなんかない。

 山形さんだってあの部屋で平気な顔してたもの。

 わたしはそう考えて、自分を落ち着かせようとしていた。

 もうほとんど自分を誤魔化せていたのに、それは気のせいではないことをわたしに向かってはっきり主張してきた。

 

 ヨシアキ の ことを かんがえるな

 

 子供の声だった。

 老婆の声だった。

 獣のうなり声だった。

 重なり合った聞き取りづらい声でいて、頭の中にはっきり文字となって像を結ぶ。

 直後、壁いっぱいに大きな目が浮かび上がった。

 「・・・っ」

 息を飲む。

 あまりの恐怖と非常識な光景に、声はのどの奥にはりついている。

 つり上がったその目、瞳は猫みたいに真っ黄色。

 というより、金色に光って見えた。

 そこで、わたしの意識は途切れた・・・。

 気絶していた時間は長くなかった。

 でも、さっきまでやっていたのとは違う番組が、TVからは流れている。

 部屋の中には何の気配もなく、いつも通りの自分の部屋に戻っていた。

 わたしはケイタイを手に取り、すぐさま妹に電話をかけた。

 「壱花?たすけてっ。

 おねえちゃん祟られたかも知れない。」

 「・・・大丈夫。何も感じない。」

 いつものことだけれど、壱花の冷静さが淋しい。

 「今はねっ?

 わたしも何も感じないけど、でも、さっきっ・・・

 すごく怖かったんだからっ!

 ねぇ、明日にでも見に来て?

 今日も・・・本当は怖いけど、でももう遅いから。」

 「・・・じゃ、お願いしておいてあげる。

 明日、行くから。」

 そこで電話は切れてしまった。

 お願い、が何なのかはわからない。

 妹なのに、壱花はわからない所の多い子だった。

 わかろうとは、もう思わない。

 姉のわたしでさえ、あの子が怖い時がある。

 普段は、ただおとなしいだけなのだけれど、たまに底知れない暗さを見せる。

 怪我もしていないのに服に血がついていたり、部屋から小動物の鳴き声が聞こえたりする。

 あの子は動物を飼っていないし、そもそも好きじゃない。

 訊くと

 「おねえちゃんは知らなくていい。

 大丈夫、人は使わないから。」

 深く考えたくない答えが返ってくる。

 とがめた事もある。

 動物の命をオモチャにしてはいけない、と。

 「オモチャにはしてない。

 必要だからしてるだけ。」

 あの時も、ちょうど今日みたいなわけのわからない恐怖感に、わたしは何も言えなくなった。

 相手は、妹なのに。

 「おねえちゃんの言うことはきけない。

 おねえちゃんは、何も知らなくていい。

 でもそのかわり、おねえちゃんに何かがあったら、わたしが必ず守るから。」

 いつも冷め切っている妹の目が、その時ほんの一瞬あたたかみを灯した気がした。

 だから、わたしは怖いと思いながらも、心の底では妹を信じていよう、と思えた。

 電話はすぐに切られてしまったし、お願いしたのかはわからない。

 わからないけど、壱花が大丈夫というなら、大丈夫なのだろう。

 その晩、わたしは一応ちゃんと眠ることができた。

 時々、なぜかうちのベランダに一晩中いたらしいカラスの声に邪魔されながら。