「・・・そうか、タマよ、幸せか?」
「うん、タマ、ヨシアキダイスキ。」
タマは笑ったが、ならばなにゆえ此処にいるのか。
「ではタマ、そのヨシアキはどうしたのだ。
なにゆえ此処に来た?」
「ヨシアキはね、タマのことおいてっちゃったの。
ショウリんとこにおとまりなの。」
「・・・ショウリ、とは男か?」
「うん、カオこわいし、ヨシアキとろうとするからキライ!」
タマを置いて男と逢引とは、やはりそのヨシアキとやらは“おかま”で間違いないのだ。
「それは、淋しかったな。」
「うん、あしたかえるよーってゆってたけど、おきたらひとりで、さみしかったの。」
「そうか、そうか。」
私は、一人で留守番をする健気なタマを思うと胸が絞め付けられた。
しかし、この無垢な存在に人の性(さが)を教えねばならぬ。
知ることで、淋しさを納得も出来よう。
「だがな、タマよ。
ヨシアキの身にもなってやるのだ。」
「ヨシアキ?」
タマが小首をかしげる。
「そうだ、タマよ、タマがヨシアキを慕う・・・好いておるように、ヨシアキもまた、そのショウリという男が好きなのだ。」
「えぇえー?!」
タマが非難の声を上げる。
「ヤダヤダ!キモいよー!」
きもい。
この言葉は聞いた事がある。
若者言葉という、悪口の一種だ。
肝い、つまり肝のようにぐちゃぐちゃとして苦く、嫌悪感があるという意味だろう。
私はそう推察している。
だが、愛の形は様々だ。
タマには、まだ理解出来ぬのやも知れぬが、それを教えるのは私でありたい。
まずは身近なヨシアキの愛を知ることで、タマには学んで貰おう。
私は諭す。
「タマ、きもいなどと言ってはいけない。
ヨシアキがショウリを想う心も、タマがヨシアキを想う心も、違って見えるがそれは同じ愛なのだ。」
タマは顔をしかめる。
「ちがうもーん!
あいってゆーのは、かれしとかのじょがらぶらぶちゅっちゅなやつだもぉーん!
ヨシアキはちがうもんっ!」
また泣きそうな顔に逆戻りしたタマの、小さな肩を掴む。
「違わぬ。
ショウリとヨシアキも、見方を変えれば彼氏彼女というものなのだ。」
膝をついて、真っ直ぐにタマの目を見つめた。
タマは、一瞬黙って私の言葉の意味を考える。
次の瞬間。
「うぅ~~~わぁ~あぁああ、ウソつき~~~!
ちがうもーーーーん!キライぃ~~~~!!」
大泣きしだした。
「タマ、泣くことはなかろう。
何を悲しむ事が有る?
愛は愛なのだ、素晴らしい物なのだぞ?
いやそれよりも、嫌いとは私か?
私の事なのかっ?!」
こんなに動揺したのは何年、何十年ぶりであろう。
未熟な私は、泣き止まぬタマを目の前にして、ここに
あの方がいれば、と心の中で稲荷神様に助けを求めていた。
「わぁーん、キライーキライー!
ワタシのおニィちゃんキラーイこっちくんなー!」
“ワタシのおニィちゃん”は私を指すらしい。
すっかり嫌われてしまった。
幼子の姿をしたタマは、知性もその程度なのだ。
ヨシアキの性癖を理解するのは、荷が勝ちすぎ、残酷ですらあったかも知れぬ。
私は消沈し、狐の像に戻ることにした。
「悪かった、きっと私が間違っていたのだろう。
もう戻る、そなたも帰るがいい。
ヨシアキも、じき戻ろう。」
「かえっちゃうの?」
涙を拭う両手の間から、タマの大きな目がこちらを覗う。
「嫌われてしまったからな。」
「うっ、うっうわぁ~~~ん!」
再び大声を張り上げて泣くタマは、私に帰って欲しくないように見えた。
「私は、居た方が良いのか?」
タマは、両手で涙を拭いながら何度も頷く。
「・・・ぇっく、キライ、じゃ、うくっ、ないから・・・タマ、おともだち、なって?」
そう言われて、私は理解した。
嫌い、は嫌(いや)という事だったのだ。
最初にタマは言ったではないか、お稲荷さんを見つけて友達だと思った、と。
人間の友など持たなくて、他の狐の知り合いも居なくて、やっと見つけた私と友達になりたいだけなのだ。
それなのに、私はタマの嫌がる事を言って悲しませてしまった。
あの話が嫌だっただけで、私自身が嫌われた訳ではないのだ。
目の前が少し明るくなった気がした。