お稲荷さん、というのは我々のことを指さない。
我等狐は稲荷神の使いであって、“お稲荷さん”そのものではないのだ。
だが、この小さな狐はそれを知らぬらしく、私が休んでいる狐の像に向かってしきりに話しかけてくる。
「ねーおイナリさん、タマもおイナリさんなんだよー。
でてきていっしょにアソぼうよー。」
大きくてくりくりした目の、可愛らしい女の子の姿をしてはいるが、まとっている気配というか、ニオイというか、力の性質は我等狐とほぼ同じ、つまり狐のはしくれであることを表していた。
だが、格は違いすぎるほどに違う。
この小狐は力弱く、我等白狐(はくこ)には遠く及ばない。
そして、我等のように清らかなものとは違っていた。
かといって、邪悪とも言い切れない。
併せ持ち、どちらにも傾く。
見た通り、子供や動物そのままの性質をしているようだった。
狐として分類するなら、野狐といったところか。
それが、何も知らずに自らをお稲荷さんと名乗り、仲間である筈の私に話しかけてきているのだった。
「ねーねー、ナカにいるんでしょ?
でてきてアソぼー?」
人型をしているものの、狐耳だの尻尾だのをうまく隠せないらしく、話しかけている間耳の上にあたる位置に結ってある蝶結びが、部分的に束ねられた髪の房ごと小刻みに揺れたりする。
赤い服の後ろの大きな蝶結びは尻尾を変化させているらしく、これまた時々動いている。
うまく化けている気でいるのだろうが、隙だらけだ。
「ねぇねぇ、ねぇねぇ。」
しつこく話しかけてきているが、こんな低級妖怪につきあってやる気はない。
私は、神の使いだ。
正しき者の願いを神に届け、また神の力を選ばれし者に授け、人を、世を守るのが私の役目なのだから。
とはいえ、見れば見るほど、この小狐は愛らしい容姿をしている。
成長すれば、さぞや。
眺めるうち、小狐の表情が曇り始めた。
「なんでおへんじしてくれないのー?」
眉を寄せ、大きな目を潤ませる。
私は、どこか落ち着かない気持ちになった。
小狐が勝手に仲間と思い込んだだけで、私のせいではないというのに。
小狐はうつむいて肩を落とす。
「タマ、さみしーのに。
ひとりぼっち、なのに。」
声が震えている。
放っておけば、泣いてしまう。
私は、迷った。
人ならぬもの同士、姿を消しても逃げ切れぬ。
関わればこれきりでは済まないだろう。
小狐はなおも嘆く。
「おイナリさんみつけて、うれしかったのに。
おともだちって、おもったのに・・・。」
私は狐の像から出ると、人の姿を取った。
「泣かずともよい、小狐。
少しだけなら相手をしてやる。」
言ったものの、本音はこんな子供相手にどう接してよいものか全く判らなかった。
それでも、淋しがって泣いているのをただ見ては居られなかった。