中学に入るまでおれは、自分のことを“ぼく”と言っていた。
「でね、しょーちゃんその時ぼくさぁ・・・」
他愛ない会話の途中、相手は急におれの話を遮った。
「なぁヨシアキ、お前いつまで“ぼく”とか言ってんだよ。」
呆れ顔をしている彼は、おれの幼馴染であり、親友でもある斯波祥利。
ここは、そのしょーちゃんの部屋だ。
「お前のまわりでほかに“ぼく”とか言ってる奴いるか?」
言われてみれば、おれ一人だった。
おれは首を横にふった。
しょーちゃんは唇の片端を吊り上げてニッと笑うと、
「だろ?」
と言った。
この笑い方は、しょーちゃんの好きなマンガの真似だと、おれは知っていた。
だから最初はぎこちなかったけど、だんだん慣れてくるとそれはしょーちゃんにとても似合っていた。
なぜならしょーちゃんは顔が怖い。
ぶっきらぼうな所もあって、そういうしょーちゃんには、少し悪く見える表情がしっくりきた。
その、おれには到底マネできない所がカッコよくて、昔からうらやましかった。
今でもそう思う。
それを見透かしているのか、しょーちゃんは大人ぶった口調で続ける。
「お前ももっと男らしくなれよ。
ただでさえ女みたいに弱っちーんだからよ。」
自分でも気になってはいた。
その辺を他人からつつかれるのは、親友でも少しムカッとくる。
「弱っちくなんかないよ。
それに女だってキリコちゃんは強いよ?」
中1の時点では、しょーちゃんよりもお姉さんのキリコさんの方がケンカは強かった。
6歳年上というのもあるが、女の人なのに容赦なく弟をグーで殴るからだ。
手も足も出すそのスタイルは、実は今でも変わらない。
やり返すと怪我をさせかねないというので、男の身であるしょーちゃんはある程度大人になってからはやられっぱなしだ。
とにかく、その時は文句なしにキリコさんの方が強かった。
しょーちゃんはすかさず言い返す。
「あいつは女じゃねえ。」
「そんなことないよっ。」
おれも負けずに言う。
反撃がくるかと思ったのだが、しょーちゃんはフと何かを思い出した顔で
「あ、そーじゃねーよ。どーでもいいんだ、そんな事ぁ。」
と、机の横に積んであるガラクタをあさった。
当時ひそかにキリコさんに憧れていたおれとしてはどうでもよくなかったが、しょーちゃんが何を思い出したのかも気になったので黙ることにした。
ガラクタの陰から出てきたのは、丸められたポスターだった。
しょーちゃんはそれをおれに渡しながら、ニヤニヤとこう言った。
「これでお前も、本物の男に一歩近づける。」
「なにこれ。」
「まあ、見てみろって。」
愉快そうに笑うしょーちゃんをいぶかしく思いながら、おれはポスターを広げてみた。
水着のアイドルだった。
「しょぉちゃんっ、なんこれっ。」
かなり純情だったおれは、アイドルが水着姿でポーズをとりながらセクシーな表情をしているだけで充分動揺した。
子供のおれにとってそれは、立派に“えっち”だった。
しょーちゃんは解っててからかったに違いなかった。
「見りゃわかんだろ?」
意地悪そうな顔でニヤついている。
おれはポスターをつき返す。
「いらないっ、こんなっのっ。」
「何だよ、お前女に興味ないのか?」
おれは返事に困った。
興味ないわけないが、それはそれで“ドスケベです”と宣言するのとかわりなく思えたからだ。
思春期の少年は、デリケートなのだ。
「それは・・・どうでも、いでしょ?」
子供のころのおれは本当に女の子みたいなところがあって、時々バカにされていたりもした。
しょーちゃんは、からかいながらも少しは心配してくれていたのかもしれない。
根は優しい奴だ。