「なに、これ。」
やっとのことでキリコが声を絞り出す。
「キツネ・・・ばあちゃんの言ってた、やつ。」
ショウリが答えた。
さっきまで怖がっていたヨシアキはというと、まだ一言も発していない。
一番混乱しているのは、彼かもしれなかった。
着物少女が口を開いた。
「やっと出れたー。ねえねえ、みんなタマと遊ぼ?」
彼女の背から、ふさり、と柔らかそうな毛に覆われたしっぽが顔をだした。
「キツネ・・・」
キリコがつぶやく。
「キツネじゃないよー、タマだよー。」
不服そうに言い返す着物少女の名前は、タマというらしかった。
「タマ、ちゃん?」
ヨシアキがおそるおそる話しかける。
「うんっ」
タマは嬉しそうに笑って返事をした。
「おばけ、じゃないの?」
ヨシアキの顔はあおざめ、唇はかすかに震えていた。
「タマ、おばけじゃないよー。」
唇をとがらせ、タマはまた不機嫌になってしまった。
だがヨシアキはそれで安心したらしく、表情からは怯えが消えていた。
「なんだ、よかったぁ。じゃ一緒に遊ぼう・・・でも、これどうしよう。」
タマにむかって笑いかけてから、ヨシアキは転がった水晶玉を困った顔で見やった。
「よくないでしょ!それキツネだよ?コックリさんだよ?」
キリコがヨシアキを叱る。
「なあ、とりあえず水晶玉のことばあちゃんに謝りにいこうぜ、キリコ。」
ショウリも水晶玉が気になるらしい。
「でもキツネ・・・、そっか、これもアタシたちじゃどうにもならないもんね。」
とりあえず、水晶玉もそこから出てきたらしい少女のことも、ひとまず“ばあちゃん”に相談することになった。
「へーえ、初めて見たよ。あんたがキツネさんかい。」
斯波家の老女は、少しも恐れることなくタマにそう話しかけた。
「キツネじゃないよー、タマだよ。」
「ああ、悪かったね、タマちゃんかい。お菓子食べるかね?」
「なにー?タマにくれるの?たべていいの?」
タマはばあちゃんから何か菓子を受け取ると、よろこんで食べ始めた。
そのばあちゃんの前には、タマ以外にショウリ、キリコ、ヨシアキ、が正座していた。
「・・・あの部屋には入っちゃダメだって、何度も教わったよねえ、吉利子(キリコ)、祥利(ショウリ)?」
二人は素直に謝る。
「はい、ごめんなさいおばあちゃん。」
「言うこと聞かない子は、こうだっ!」
ばあちゃんは拳に息をはーっと吹きかけ、二人の頭をキツめに小突いた。
「いでっ」
「きゃいっ!」
二人は頭をさする。
「まぁったく、タマちゃんみたいなコだったからよかったようなもんの、言い伝えどおりの性悪ギツネだったらお前たち、どうなってたかわからないんだよ?!しっかり反省しなっ。」
「はあい」
しゅんとする二人と、お菓子に夢中のタマにはさまれて、ヨシアキはばあちゃんの話を聞いていた。
斯波家には、昔々から伝わる水晶玉があった。
いつの頃かはわからない。
ここら一帯をナワバリとしていた化けギツネを、斯波家の祖先が封じたものであるということだった。
祭壇に祭り、その部屋をあかずの間として厳重に管理してきた。
が、今日はたまたま、物置にも使われていたその開かずの間が開いてしまっていた。
中の物が必要だったのである。
そもそも物置兼用にしてしまっている時点で、長年の封印に対する警戒心が薄れてしまっているといえよう。
とにかく、子供たちが水晶玉を傷つけたことでその封印は解け、恐ろしい化けギツネが解き放たれてしまった。
と思いきや、実際見てみるとただ獣の耳としっぽがついてるだけの子供であった。
化けギツネを封じた祖先がいるだけあって、斯波家は霊能者を多く生む家系だった。
ばあちゃんも例外ではない。
「・・・ふむ、やっぱり邪気みたいなものは感じないねぇ。長い間ずっと水晶に閉じ込められて祭られてる間に毒気が抜けたんだろうかね。危ないこともなさそうだ。」
タマを目の前に座らせて、瞳をのぞきこみながらばあちゃんは言った。
「ねー、もうあそびにいっていい?」
お菓子もなくなって、タマはタイクツしているようだ。
だがばあちゃんは首を横に振った。
「邪気がなくても、放っておくわけにはいかないよ。
あんたには水晶に戻ってもらう。」
ばあちゃんはタマの手をとる。
タマは大きな目を見開いた。
それは怯えているように見えた。
「やだよ、またひとりになっちゃう!やだ、ゼッタイやだあ!」
タマがばあちゃんの手をふりほどくと、ばあちゃんはうっとうめいた。
手には血がにじんでいる。
「ばあちゃん!ひっかかれたのか?」
ショウリとキリコがのぞきこむ。
タマは、ヨシアキの後ろに隠れた。
「えっ?」
戸惑うヨシアキに、タマはすがりついた。
「たすけて、タマとじこめられちゃうよ!」
ばあちゃんがヨシアキを見た。
「ヨシアキちゃん、殺すわけじゃないんだから大丈夫だよ。
タマちゃんをこっちによこしな。」
「でも・・・」
ヨシアキが後ろのタマを振り返ると、タマは目に涙をためて小さくいやいやをしていた。
「だめ、かわいそう・・・」
「でもいつまた性悪ギツネに戻るか知れないんだよ?」
「・・・」
ヨシアキは考え込んだ。
「ヨシアキくん、おばあちゃんの言うとおりにしときな。」
「ヨシアキ、言うこときけ。」
ショウリもキリコも、ばあちゃんの味方だ。
ヨシアキはもう一度、背中のタマを振り返る。
誰も味方になってくれない、ひとりぼっちのタマを。
タマはヨシアキにすがるのをやめると、半ば諦めているのか泣きそうな顔で下をむいていた。
「タマちゃん、こっちにおいで。」
ばあちゃんがそう声をかけた瞬間、タマの目からおちた涙が畳にはじけた。
つづく