■ベーシックインカムの是非と資本主義
【AI:人口知能の技術】
近い将来、AIの急激な普及によって労働力の必要性が急速に減少する可能性がある中で、現行の社会保障制度は根本的に考え直さなければならない時期にきている。
先進国の一員でもある日本においても、AIの普及は確実であり、当然、労働力がその必要性を失うのは必至の状況である。
ある試算では、労働力削減幅は最終的には50%にも及ぶという。
現行の社会保障制度では、この場合『失業保険』と『生活保護』の制度により当面の生活を維持することになるのだろうが、失業保険には期限があり、生活保護制度はあくまでも就業できるまでの間の支援的な制度であって恒久的な支援を前提にはしていない。
そこで、ベーシックインカムという考え方が出てくる。
ベーシックインカムとは、給与、就業の有無、資産等に関係なく、全ての国民に一律に金銭を付与し続ける制度である。
AIの普及による50%の労働力削減は試算ではあるが、おそらく増える方向にしかベクトルは向かないだろう。
更に、AIという科学技術の発展は『資本主義の限界』という問題を急速に浮き彫りにする側面もあり、これまでの【絶対的な資本主義信仰】は既に音を立てて崩れ始めている。
資本主義の限界とは、経済成長の停滞のことである。
その原因の中でも経済格差の増大が大きな要因であることは間違いない。
資本主義がもたらしたグローバル経済は『資産家数十人の資産=40億人の資産』というとてつもない経済格差を生み出した。
その経済格差は、現在もまだ更に広がる傾向にある。
巨大企業や資産家たちは、その経済格差が己の首をも絞めていることに気付きもせずに己の儲けだけに熱心なのである。
資本主義はそういった利己的な利潤追求こそが競争を生み出し成長するのだと、人の欲を美徳化してきたのです。
『利益の再分配をケチる資本主義に未来は無い』
さて、日本においても人口減少、少子化問題が現実化している。
少子化問題は何が問題なのかというと、端的には『税収"減"』である。
つまり、税金で面倒をみなければならない高齢者が増えるのに対して、税金を払う若者がいない、ということだ。
だから、少子化を解決せよといっている。
しかし、これは非常に短絡的な考え方であり、労働力が不必要となりつつある時に、人口を増加させても税収増加には結び付くはずがないのである。
若者たちの納税額は更に減少し、逆に彼らの生活面まで税負担する制度が必要となる可能性がある時に、人口増加を目的とした政策ははたして正しいと言えるのか。
それでも政治家たちは、投票率の高い高齢者向けの政策に熱心で、己が当選することしか考えないのだから『あとは野となれ山となれ』ということなのだろう。
ベーシックインカムをもっと真剣に議論する場が政治には必要だと思うが、政治でも行政でもそういう空気は流れていない。
このほど、スイスではベーシックインカムについての国民投票で、否決という結果が出たが、その内容や理由についても精査が必要であろう。
ベーシックインカムには様々な問題点があることも事実だからである。
この際に、バ〇の一つ覚えのように『財源財源!』という議論は、今はナンセンスなので割愛する。
例えば、公務員が多い国の場合、ベーシックインカムは行政の仕事も簡素化させる効果がある為に、多くの公務員が職を失う結果を招く。
AIの普及とベーシックインカムの導入は『失業者を増やす』ことになるのである。
これは世界的にみて、資本主義の崩壊を意味する。
仮に、50%もの失業率が現実となった場合、世界中の『購買力の減少』が企業に与える影響は計り知れないものになることは必至である。
経済格差は更に増大し、資金力の無い企業は倒産に追い込まれ、更に失業者を増やす結果となる。
この失業者に再就職先が無きに等しい状況もまた、悪循環を増大させる。
倒産した企業の債権は不良債権化し、銀行が抱える不良債権は増加の一途をたどる。
銀行もまた倒産の危機に陥り、無駄に公金がつぎ込まれる可能性も出てくる。
このまま、社会保障制度の根本的な大転換をせず、現行制度をちょっとだけ修正するような小手先の改革で済ましているようでは結局は何も変わらずに経済格差は更に広がるだろう。
ベーシックインカムにある問題点は、実に様々で多岐に渡るが、それらを【柔軟に解決】し、よりベターな社会保障制度の構築を急務としなければ、資本主義経済の崩壊は免れない。
資本主義による経済成長は、経済格差の増大を加速させ、自浄力まで失わせた。
アダム・スミスの『見えざる手』は既に機能不全に陥っているのだ。