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ホールのツインレイブログ、現在自己統合中

ホール(Whole)と申します。
以前はハーフ(Half)と名乗っていました。

2017年にツインレイと出会いました。20年から21年にかけて約8か月のサイレント期を終え、現在統合期を迎えています。
23年アップデート
ツインレイかと思っていた人は一つ手前の人だと思います。



(以下、思いっ切りネタバレなので、先入観なく楽しみたい方はスルーしてください)


福山雅治と石田ゆり子主演の『マチネの終わりに』という映画がツインレイストーリーだということは以前にも書いたことがあるのだけど、


ツインレイだと思っていた先生から離れ、さらに自己統合に向き合っていって、あらためて見直してみると、この話は本当によくできてるなと思った。


原作者は平野啓一郎さんという人なんだけど、作家さんというのはこういうことを直観的に知っているんだろうか?


この映画を見たきっかけはツインレイYouTuberさんのおすすめだったからだった。


でも、私が本当に自己統合の意味に気付くまでは、「なんで、この二人は離れてしまうことになったんだろう?洋子さん(石田ゆり子)はパリでジャーナリストなんかやっちゃってるし、立派に自立してんじゃん」


と不思議に思っていた。


それに、洋子さんは確かにパリで起きたテロで同僚を亡くし、自分を責めて鬱っぽくなったけれど、蒔野さん(=ギタリスト、福山雅治)のCDを聴いて心が癒えて、それで、婚約者と別れて蒔野さんの元へ行ったはずなのに、全然問題ないじゃん!!と思っていた。


だけど、自己統合目線でよく見てみると、やはり二人はプロフェッショナルな仕事を持っていたとしても、ウツから立ち直ったように見えていても、まだ自己統合できている状態とは言えなかったことがストーリーからうかがえる。


二人のすれ違いは、ギタリストの蒔野の女性マネージャーが蒔野に成りすまして洋子に別れのメールを送ったことが原因だった。


別離後、洋子はついこないだ別れたばかりの婚約者の元へ戻り、蒔野は一度も女性扱いしたことのないマネージャーと結婚してしまった。


↑↑↑ ここ!!


恋愛ドラマではよくあるストーリーなので、私は何の違和感もなくスルーしてしまったけれど、自己統合していたら、これはあり得ないと思った。


もちろん、道徳の話ではない。


そうじゃなくて、本心じゃない行動をしちゃってるという点!


すごいね、作家さんて👍🏻


だって、洋子はテロ事件で同僚を亡くしたとき、蒔野の振る舞いで、婚約者を捨てて蒔野を選んだんだよ。この人じゃない、蒔野さんだって思ったんだよ。


蒔野も、そのマネージャーとは洋子に出会う前からずっと一緒にいたんだよ。でも一度も女性として見たことがなかったんだよ。


それなのに、二人とも失恋のショックからフラ〜っと相手を選んでしまった。自分の本心も何も分からなくなっていた。


ところが、ここからがツインレイストーリーだね、やっぱり。


4年のサイレント期間で、洋子は出産や子育てを経験し、母は強しということなのか、ニューヨークの新聞社で「私はどんなに過酷な状況でも大丈夫です」と面接で言っていた。そして、夫とはもう復縁した時から関係が破綻していることを認め、離婚をする。


一方、蒔野は再びギタリストとして立ち上がり、いい音色を奏でられるようになる。


そのタイミングで、やっとマネージャーの口から真実が明かされ、二人の再会が果たされる。


作家の平野啓一郎さんはまさか自己統合なんていうコンセプトは知らないだろうけど、最高のパートナーシップというものは、自己を確立している男女にだけ許されるもの、というのを深い洞察力で直感的に知っているのだろう。


余談だけれど、映画ではなく、原著のレビューに、洋子と蒔野は中二病だとか、洋子の婚約者と人生をかけて蒔野を支えてきた妻(マネージャー)の方が人間として誠実だみたいな内容が書いてあったけれど、


いやいや、あのね、洋子がウツっぽくなったとき、婚約者も優しかったよ、でもね、本当に心から寄り添ってくれたのは、洋子にとっては蒔野さんだったんだよ。


婚約者はあの時、お金が儲かった、凄い所に住めるよ、子供を34人産んでさあ、とか全然洋子さんの落ち込みようが分かっていなかった。


それから、マネージャーの蒔野に対する愛情は確かに半端なかったよ。


「蒔野さんの名脇役でありたい。蒔野さんのためなら何でもできる。」


って、本当に何でもしちゃったよね、なりすましメール。名脇役じゃなくて、妻となり、メインキャストになりましたよね。


それに、これは同じ女性として悲しいシーンだったけれど、蒔野に真実を打ち明けた後に「私のことは気にしないで好きにして」と言うと、蒔野の口からは「でも僕は今の家庭を愛しているんだ」とか「でも今一番大事なのは君なんだ」という言葉は出て来ずに、「うん、行ってくる」とニューヨークへ向かって玄関を出ていってしまった。


この4年間、二人の間で全く愛が育っていなかったんだよ。本当に悲しいシーンだった。じゃあ、なんで結婚したんだよ、と責めたくなるけど、夫婦は鏡!お互いさま!



ただ、この作品について、ちょっとツッコミどころを言うと、年齢設定が???と思う。


洋子と蒔野が初めて出会ったのは、蒔野が40を過ぎてからで、洋子はいくつか分からないけど、自分を歳上だと言っていたので、一番若く見積もっても41歳ということになる。で、約2年の交流・交際があって、4年間のサイレント。


ということは、再会した時はどんなに若く計算しても47歳で、3つ歳上という設定だったら50歳ということになる。


そのような年齢設定で、子供を3、4人ってずいぶん大変なことをさらりと婚約者に言わせるなあ、とか、


また、蒔野は師匠(古谷一行)のところに14歳の時に弟子入りするのだけど、そこには娘さんがいて「聡史くん、聡史くん」と呼ぶ仲だった。


ところが、蒔野役の福山雅治さんは当時50歳で、(それは全然若くてカッコいいから問題ないのだけど、)「聡史くん、聡史くん」と今でも呼ぶ娘さん役は木南晴夏さんで当時34歳。


50歳の福山さんを、16歳年下の女優さんが「聡史くん、聡史くん」と呼んでいたり、「ごめんね~😅」と言ったり、「お父さん、ずっと聡史くんのこと、気にしてたよ」と励ましたり、お姉さん的振る舞いをするのが、なんか???と思う。どーゆう設定?