先生の存在が動機で始めた心理学の中で、「許し」という項目を勉強したのち、私はまたカウンセリングを受ける必要があるんじゃないかと思った。
「許す」ということは、その出来事について相手が正しかったか、それとも自分の方が正しかったかを考えることではなく、
まず、その出来事で感じた怒りや悲しみを引き受けること、そして、その出来事に対する見方を変えて「癒されること」なのだそうだ。
人は不思議なことに癒されるのを嫌がるそうだ。
いつまでも「あの人が悪い」と言い続けるか、「私がダメだった」と責め続けたいらしい。
何故なら人は変化が怖いから。
「許す」とは「変容」であり、次のステージへ進むことなのだそうだ。
私は今ちょうど、自分が変容する時じゃないかと思った。
娘が巣立ち、これから本当にひとりになって生きていくとき、そのスタートを切る前にこれまでの人生の積もり積もった心のぐちゃぐちゃを整理して片付けたいと思った。
スピリチュアルの人達はこれを「ヒーリングを受ける」「浄化する」と表現するのかもしれない。
自分が変容し次のステージへ一段上ってみた後で、先生と再会した時に、私ははっきり分かると思う。
先生が自分の相手かどうか。
たぶん、ツインレイかどうかもはっきり分かると思う。