お父さんは 友達感覚

お母さんは 姉妹ような関係

 

いかにも 親子関係が濃厚のように 巷では やたら マスコミが理想のように流している

 

それって 本当にそう思っているなら 大丈夫か???

 

依然の書き込みで 昭和の時代の親の兄弟の多さとか 親戚の多さによる 子供にとっての社会に出る前の一種の予備試練だったように思う

 

なので 現在のように少子化によって このような後にありとあらゆる社会の理不尽の対応にとっては鍛錬となるような機会はほぼなくなった。

 

確かに  昭和の子育ては 子供を育てるって感覚では確かになかったように思う。

 

父親は 背中を見せていれば 子供はわかってくれるものと思い 日々会社人にどっぷりつかり 家庭は 母親にすべて任せていた。

 

そう思えば 家庭を軽んじているように思えるかもしれない

 

が 昭和に子供時代を過ごした 当の私からすれば 父親は ひたすら恐怖の魔王のような存在だっように思う

 

なので 相当な悪さをしても 最後の一歩を踏み出せないですんだのは ある意味 脳裏に父の烈火のごとく怒る顔を想像すると 生きたこごちがしなくて 社会からドロップアウトすることも無かったし 多くの親戚のおじさんやおばさんの顔を想像すると やはり 社会からドロップアウトせずに まがりなりにも陽の当たる道を歩いてこられたのだと思う。

 

そう思うと 今の親子のように 絶えず気づかいをしてくれたわけでもないが 最後は 身を挺して守ってくれるであろう信頼は絶えず感じていた 

 

言葉や接触が多いのが 本当に濃厚な親子関係なのだろうか?

 

私は 今の世の中の親子には悪いが 全くそうは思わない

 

話は変わるが 多くの若者が簡単に闇バイトに手を染めているともいわれている

 

これだけ マスコミやSNSで注意喚起されてるにも関わらずだ

 

何故なのだ 彼らが 馬鹿とは思えないし 考える能力が他の人より劣っているとも思えない

 

そんな時 私が若い頃を思い出した時 先ほどの話にあるように 脳裏に母の顔と とんでもなく恐ろしい父の顔を想像すると恐怖でしかなったものだ

 

もしも 優しくて 大事に接してくれるだけの父なら 何か変な道に進んでも受け入れてくれたように思うし それに甘えて 自分に勝手に言い訳をして道を踏み外したのかもと思うのである

 

言っては悪いが 子供って 大人が思っているほど 純粋ではないし ある意味 こそくで悪賢いものなのだ

 

生まれて間もない自身の子供を見れば 確かに天使だし かわいくて仕方ない 

 

が 残念ながら 時を積み重ねるにしたがって こそくで悪賢くなるものだ それを親という生き物は理解しなければならない

 

最近 幼稚園に通う孫の発表会を見る機会があった 多くの親や、私と同じような ジイジ、バアバがお越しになられていた そんな中私は全く違う感想を持ってしまった

 

それは 申し分なく歌や簡単なお芝居や楽器の演奏をしている子を見ると 非常に違和感を感じてしまった

何故なら 間違いなく幼稚園の子供が なぜ 教えられたセリフを言わなくてはいけないのか なぜ演奏したくもない楽器を演奏しなければならないのか そんな事 理解できるはずもなく いわれているから する 先生に言われたからする ただそうだと思うと 舞台でぐずっている子供の方が 子供らしく しっかり 自我があるようで子供らしく感じてしまった

 

なので 騒ぎもせず ぐずりもせず いわれた通り行っている子供の方が気味悪くて仕方なかったのだ。

 

話しを戻そう

 

親子関係は 実は表の見える部分だけ見れば 令和の親子関係は 濃厚に見える

 

が 私からすれば それは 安物のメッキにしか見えない 昭和の時代は 見える部分は確かに希薄のように見えるかもしれないが 実は濃厚な関係性が存在していたのではおもうのだ

 

その意味では 令和の親子って 希薄な関係性に見えて仕方ないのである