9日、10日と帰省しておりました。
母のお見舞いの為に空けた予定でしたが、
せっかくなので予定通り帰省しました。
また父と遅くまで酒を飲みながら
葬儀後の話や昔話。
しばらくは尽きないだろうな。
我が家オリジナルの仏壇も出来上がってました。
母らしい華やかな仏壇。
立派な仏壇ではないかも知れませんが
絶対母が笑って「いいじゃん~」と言うと思います。
父が母の喜びそうなものを集めて作ったもの。
恥ずかしながらぼくら兄弟の写真もでかでかと飾ってありました。
抗がん剤もディスプレイとして
「一緒に病気と闘った友」として並べられてました。
父の発想は奇想天外且つ納得してしまうものがあります。
生前に書き記していたノートが幾つか見付かりました。
それらにはがんを告知された当時の心境や
じいちゃんやばあちゃんの介護の事、
父の事やぼくら三人の兄弟の事が細かに書かれていました。
ぼくらには一言も言っていなかった事もたくさん。
弱音や愚痴も思った事そのまま全部書いてありました。
本当に辛かったのだろうな…。
我慢していたのだろうな…。
誕生日の時に書いて贈った手紙や
鼓緒太との初ライヴの時に贈った花に添えたカードも
貼って取っておいてくれてました。
嬉しかったなぁ。
もうね…、かなわないです。
おっきすぎて。
少しでも母に近づかないと。
翌日は葬儀の時にお世話になった方達へ挨拶回り。
実に優しい方ばかりです。
ぼくが実家に帰る度に寄る所が増えました。
ばあちゃんの施設にもまた顔出しました。
話す事ももう出来ないのだけど
まだまだ元気なんです。98歳。
時折笑ってくれます。
あ~、やっぱりばあちゃんだ。
まだまだ生きてくれ!(笑)
今後は今まで以上に那須塩原帰らないとな。