Крашенинников『カムチャツカ誌』のフランス語版地図(下図①)

 

河川名/地名はКрашенинников『カムチャツカ誌』(下図③)に基づく

『カムチャツカ誌』ではКрашенинниковによるアクセント記号は付されている。

ちなみに、アクセント記号が付されている音節は母音の縮約や変容を表している可能性がある。

 

Ксу́-ай (羆がいる所) クリル湖

Sarychevの記録によれば、ヒグマは南イテリメン語ではkaža、東イテリメン語ではkaž、

Dybowskiの手稿を纏めたRadlińskiの記録によれば、東イテリメン語ではkaž

 

 

-ай(-aj)はVolodinの文法書では、大小含めて、程度の大きい状態を表す接尾辞

 

以下のように

-айは、西イテリメン語の南方言にはあるが、西イテリメン語の北方言では観察されていない。

Крашенинниковの『カムチャツカ誌』によれば、物が存在する場所を示す接尾辞で、

それを後置する事で場所や地名を表す。

 

別解

クリル湖

Ксу́-ай(ksú-aj) ベニジャケがとても多い湖

 

西イテリメン語南方言(Старкова)

ксус(ksus) 紅鮭

 

異形態 кшуз(kʂuz)/кшуш(kʂuʂ)

 

-ай(aj)

南イテリメン語や西イテリメン語南方言で

絶対格に後接する程度の大きい事を

大げさに表現する「指大辞」

 

 

ksúaj<ksus(紅鮭)-aj(とても多い)

ベニジャケがあきれる程多い湖

 

 

難点は

羆を意味するkažaは、クリル湖の位置する南イテリメン語では確認されているが、

紅鮭を意味するksusは、断片的な記録しか残っていない南イテリメン語では確認されていないこと。

 

 

 

 

Озерная河流出部から時計回りに

クリル湖北岸

Питпу (pet-puy?/pet-po?) 地図のフランス語表記では Pitpou  Rivière

А́ннмин

Мипуспин

Сна́ушь

Ло́мда

Гаги́ча

Гу́тамачикаш

Круви́пит

Кир

Пит

Кутатумуй

Уачумкумпит

Каткумуй

Татейюми

 

東岸? 

Гичиргига

Урумуй

 

南岸?

Ги́лигисгуа

И́терпине (<アイヌ語 retar-poyna 白い石)は、二つの川の間にある

Ячкуумпит

 

ГиапаакчьのКрашенинников ОПИСАНИЕ ЗЕМЛИ КАМЧАТКИ 第4版の注

(ちなみに1949年の第4版では、1755-56年初版、1786年第2版、1818-19年第3版に

付されていたアクセント記号が省かれてしまっている)

クリル湖の東岸?から南岸?にかけて以下の川が湖に流れ込んでいた。

 

Кирюжик

Акачик

Петпомой  <アイヌ語 pet-po-moy

Кутадама

Вачьком

Катком

Тадму

Гычин-кыг

Поломой  <アイヌ語 poro-moy

 

アイヌ語のrがロシア文字のрではなく

lのロシア文字лで表記されている。

ちなみに

Добротворский辞典の注では

アイヌ語の弱いrはlで表記したとされている。

 

ОПИСАНИЕ ЗЕМЛИ КАМЧАТКИ 第4版の注

 

 

仮に、現在のクリル湖の地図(下図②)の

Бухта(湾) Гаврюшкаが、Поломой(<アイヌ語 poro-moy大きな湾)に該当するなら、

Петпомой(<アイヌ語 pet-po-moy 小さい川の湾)は、

Бухта(湾) Теплаяに対応する可能性があり、

Озерная河の流出部に最も近いПитпу(アイヌ語 pet-pu)は、

現在のРека первая северная(最初の北部の川)に該当し、

первая севернаяは、流域の長さから、小川(アイヌ語 pet-po)とするのは相応しくない。

 

КрашенинниковのОПИСАНИЕ ЗЕМЛИ КАМЧАТКИの英語版では

以下のように

Крашенинниковの『カムチャツカ地誌』1764年英語版p19にはPitpuy or Ozernaya とあり

 

 

Крашенинниковの『カムチャツカ誌』初版の

Питпуは、アイヌ語のpet-puy(川の水源の穴)の誤記であった可能性が高い。