松浦武四郎「蝦夷闔境山川地理取調大概図」 安政7年(1860年)

勘察加半島 東海岸

タンタカベツ トマリ

 

鳥居龍蔵『千島アイヌ』Tontoga bet

 

 

 

Крашенинников『カムチャツカ誌』では

Камбалиная川

フランス語表記はCambalina.R (Rivière 川)

その川の河口に

ヒラメ(камбала)が多く生息することからКамбалиная川と名付けられた。

 

 

 

Крашенинников『カムチャツカ誌』

 

От Лопатки следуя по западному берегу к северу перваяречка, по описанию Стеллерову, течет в Пенжинское море Утату́мпит, которая выпала из под одной горы с текущею вВосточное море Гавриловою речкою, а по собранным мноюизвестиям между Курильскою лопаткою и Утатумпитом есть еще семь маленьких речек, которые от Лопатки вследующем порядке находятся:

1) Тупитпит, 2) Пукаян, 3) Мойпу, 4) Чипутпит, 5) Ури́пушпу, 6) Кожо́учь, 7) Мойпит.

 

ロパトカ岬から西岸を北上し最初の川はStellerの説明によれば、

(西の)Пенжина海(オホーツク海)に流れ込むのが、

Утату́мпит川(utatúm-pit)

同じ山の麓から東の(ベーリング)海に流れ込むのがГаврилова川

 

私(Крашенинников)が集めた情報によると

クリルのロパトカ岬とУтату́мпит川との間には

ロパトカ岬から順に、さらに7つの小さい川がある。

 

1) Тупитпит(Tu-pit-pit)

2) Пукаян(Pukayan)

3) Мойпу(Moy-pu)

4) Чипутпит(ciput-pit)

5) Ури́пушпу(Urípushpu)

6) Кожо́учь(Kozhóuch)

7) Мойпит(Moy-pit)

 

 

 

Верстах в 2 от Утатумпита течет в море Та́пкупшун речка, над которою стоит Кочейской острожек, а оттуда в 3 верстах Пи́тпуй которая течет из немалого озера, разделенного от моря одною высокой горою. Россиане называют объявленную реку Камбалиною, потому что вустье ее много рыбы камбалы, тем же именем и озеро, изкоторой она выпала, и гору, которая между их стоит иморем, но по курильски зовется она Му́тепкуп. Над Камбалинским озером построен курильской острожек Камбалинским же называемой. Ширина Камчатского мыса всем месте не больше тритцати верст, и до гор  к востоку оттуда лежащих, которые составляют берег Восточного моря с устья реки весьма близко кажется.

 

Утату́мпит川から2露里(верста)、Та́пкупшун川が海に流れ込む

その傍にКочейск 砦(острог)が立っている。

そこから3露里、一つの高い山で海から隔てられた

大きな湖から流れ出るПи́тпуй川がある。

ロシア人は、その河口にヒラメ(камбала)がたくさん生息している事から

この川をКамбалиная川と名付けている。

同じКамбалинаと言う名前が、(Пи́тпуй川が流れ出る)湖と

(Камбалина)湖と(ベーリング)海を隔てる(Камбалина)山にも

付けられている。(訳者 注 Камбалина湖とКамбалина山の由来)

但し、この山はクリル(カムチャツカアイヌ)語では

Му́тепкуп(Mútepkup)と呼ばれている。

Камбалина湖の湖畔には、同じКамбалинаと呼ばれる

クリル(カムチャツカアイヌ)族の住む一つの砦(острог)がある。

カムチャツカの岬全体の幅は30露里にも満たず、

この川(Пи́тпуй)の河口と東の(ベーリング)海を構成する

東海岸の山々との間は非常に近いように思われる。

 

 

 

最後に、カムチャツカのアイヌ語地名の分析

 

Утату́мпит川<ota(砂浜)-tom(~の中程)-un(~にある)-pet(川)

 

Му́тепкуп(Mútepkup)は

『邊要分界圖考』タツコフ ベツ

「蝦夷地図式」タツコブ  ベツ

から

Mútepkup<mo(小さい方の)-tapkop(円錐形の山)

 

Та́пкупшун川<tapkop(円錐形の山)-sun(<sut 根元/麓? あるいは san下る?)

 

Кочейск(koceyck)砦<koci(<kot凹み/湖)-sotki(寝床?) 

  凹地(湖)の拠点の意味か?

 

Пи́тпуй(Pít-puy)<pet(川)-puy(穴/水源池)  カムバリナ湖のアイヌ語名

 

1) Тупитпит(Tu-pit-pit)<to(湖)-un(~にある)-pet(川)-pet(川)

 

2) Пукаян(Pukayan)<pok(~の下 位置名詞)-o(~を 充当相)-yan(上がる)-i(所)?? 

   ~の下に、舟を陸揚げする場所の意味か?

 

3) Мойпу(Moy-pu)<moy(湾)-po(指小辞)

 

4) Чипутпит(ciput-pit)<cip(舟)-ot(~が複数存在する)-pet(川)

 

5) Ури́пушпу(Urípushpu)<o(その尻)-rep(沖)-us(~にある)-po(指小辞)??

       o-rep-un-pe(津波)と同じような意味か?

 

6) Кожо́учь(Kozhóuch)<koci(<kot凹み/湖)-ot(~が複数存在する)-i(所)?? 

     小さな沼が点在する場所の意味か?

 

7) Мойпит(Moy-pit)<moy(湾)-pet(川)

 

 

蝦夷闔境山川地理取調大概図の「タンタカ ベツ」tantaka bet

鳥居龍蔵『千島アイヌ』Tontoga bet は、

いずれも、アイヌ語のtantaka(カレイ)が語源の地名で、

Крашенинниковの『カムチャツカ誌』のКамбалиная川は、

アイヌ語のtantaka(カレイ)の翻訳地名と考えられます。

 

tantaka   カレイ類  

アイヌ語の北海道東部の美幌、白糠、屈斜路の方言で、主に使われます。

この事からカムチャツカアイヌ語が北海道東部のアイヌ語と近い事が窺えます。

 

ちなみに

『延喜式神名帳』の「理訓許段神社」「表刀神社」のように

アイヌ語の母音oは、古くは中舌母音のəでしたので、

低舌母音のアイヌ語の母音aとは調音点が近く、

aとəとの混同が、生じ易かったと考えられます。

 

 

 

Камбалиная川の上流にはКамбалиное Озеро(カムバリナ湖)があり、

Крашенинниковによれば、カムバリナ湖から流れ出る川が

Пи́тпуй(Pít-puy)と呼ばれている。

 

Пи́тпуй(Pít-puy)は、クリル湖北岸の第1支流pit-pu(<pet-puy)と同じように

アイヌ語のpet(川)-puy(穴)  すなわち、川の水源池の意味で、

カムバリナ湖それ自体がПи́тпуй(Pít-puy<pet-puy)「川の水源の湖」で

クリル湖と同様な名前でカムチャツカアイヌによって呼ばれていた事が窺えます。

 

北海道のアイヌ語にもpuyには同じような命名法の地名の例があります。

支笏湖(si-kot)から流出する千歳川沿いの千歳アイヌの最上流の集落(kotan)も、

プイラポック<puy(穴/湖)-ra(下る)-pok(~の下 位置名詞)と呼ばれていて、

往時は下流部のアイヌ語千歳方言とは、多少異なる親族名称を残していました。