崎谷満『DNA・考古・言語の学際研究が示す新・北海道史―アイヌ民族・アイヌ語の成立史』
p154 p162等では、 釧路方言のnocuy (<星nociw) nuykes (<niwkes) を例に挙げて
釧路方言から阿寒、屈斜路、美幌方言へとnociwやniwkesの-iwが、-uyに音位転倒する
頻度が高くなるとして、これら道東方言の-iwから-uyへの音位転倒をオホーツク文化の
影響と考察しています。
しかし、太平洋側の白糠方言でも
ay retar nocuy 純白の星 『語りの中の生活誌』「うら若いシヌタプカびとの話」
四宅ヤエ 藤村久和 訳 p214 nocuy星 <nociw
-iw → -uy
ay hure nocuy 真紅の星 同p214 nocuy <nociw -iw → -uy
ay suynin nocuy 紺青の星 同p215 nocuy <nociw -iw → -uy
suynin青 <siwnin -iw → -uy
niwkes 他動詞 ~をしようとしてもすることができない。~をし残す、しきれない。
田村『アイヌ語沙流方言辞典』他
ay sik-tasare nuykesiitara 俺は目をはずすこともできないままにあった。
『語りの中の生活誌』「うら若いシヌタプカびとの話」
四宅ヤエ 藤村久和 訳 p222
-itara 接尾辞 ~の状態である。~し続けている。
継続・持続を表わす『アイヌ語千歳方言辞典』
nuykesiitara<nuykes-itara nuykes<niwkes -iw → -uy
釧路方言 伊賀ふで nuykes ~ができない、しきれない。
nociw星 「アイヌ語諸方言の基礎語彙統計学的研究」民族学研究21/3 1957.8 p321
『アイヌ語方言辞典』
八雲 nocíw
長万部 nocíw
幌別 nocíw
平取 nocíw
貫気別 nocíw
新冠 nocíw
様似 nocíw
帯広 nocíw
釧路 nocuy ★
美幌 rikop
旭川 nocíw
名寄 nocíw
宗谷 ketá
落帆 keta
多蘭泊 keta
真岡 keta
白浦 keta
ライチシカ keta 老人語noociw
内路 noociw
千島 ketta
ライチシカ、内路方言は、第1音節が開音節の場合はアクセント核が
第2音節にあるという一般原則に反し、アクセント核の無い第1音節が
長母音となっています。
siwnin青い
八雲、幌別、沙流、帯広síwnin
美幌suynin ★
白糠suynin ★
旭川、名寄、宗谷síwnin
落帆、多蘭泊、真岡、白浦、ライチシカ、内路siwnin
niwkes 他動詞 CVC-CVC構造から アクセントは第1音節で、níwkes
樺太方言(ピウスツキ) niwkes
白糠nuykes ★
釧路nuykes ★
以上から、
-iw → -uyへの音位転倒は、前述の「うしおい」で指摘しましたように
いずれも、アクセントのある音節で発生しています。
í=II w=U y=Iに置き換えると
nocíw>NOCIIU① nocuy>NOCUI≒NOCYUI(拗音は非許容)≒NOCIUI②
síwnin>SIIUNIN① suynin>SUININ≒SYUININ(拗音は非許容)≒SIUININ②
níwkes>NIIUKES① nuykes>NUIKES≒NYUIKES(拗音は非許容)≒NIUIKES②
①から②になるためには、アクセントのある母音íを母音連続のII すなわちi+iと
置き換えなければ、母音の数が足りなくなります。
従って、íはi+iであるとする仮定は正しく、アクセントのある音節で音位転倒が
生じ易いと言えそうです。
次に、-iw → -uyではなく、逆の -uy → -iw ように見える例
『アイヌ語方言辞典』p76 「手伝う」
八雲 kásiw他動詞☆ ʔikásiw自動詞☆ ʔは声門閉鎖音
幌別 kasúy他動詞 ʔikásuy自動詞
沙流 kasúy他動詞 ʔikásuy自動詞
帯広 kasúy他動詞 ʔikásuy自動詞
美幌 kasuy他動詞
旭川 kasúy他動詞 ʔikásuy自動詞か?
名寄 ʔukásuy
宗谷 ʔikásuyke
ライチシカ kaasiw他動詞☆ ʔikaasiw自動詞☆
釧路、静内、本別方言kasuy他動詞
樺太亜庭湾方言 ikasuy ikasuyahsi
ニー、ナ、モンライケ、アナイカースイ、ヤーシ 薪を切つて手傳つてゐた
『あいぬ物語』p58
ニー、ツ゜イエ、イカースイ、アツシ 木を斫つて助けた 『あいぬ物語』p153
第1音節が開音節の場合は、アクセント核は第2音節にあるという原則から
第1音節にある八雲方言kásiw他動詞 ライチシカ方kaasiw他動詞 と
規則に合致して、第2音節にある他の諸方言kasúy 他動詞 とは
第1音節ではなく、アクセント規則に合致した第2音節で、-uyと-iwの音位転倒が
生じています。
自動詞のʔikásuy(ʔi-ká-suy 第2音節)については、
ʔi(-1)-kasuy(+2)と分析できますので、他動詞kasúyの音位転倒が
生じた後に、第1音節に開音節のʔi(-1)を付加して派生した自動詞形と
考えれば、アクセント規則に合致しますので、あまり問題はありません。
他動詞のkasuy とkasiw では、どちらが本来の語形なのでしょうか?
この点
kasu 他動詞 ~を凌ぐ、~以上である『アイヌ語沙流方言辞典』
kaspa 他動詞 過度である 『アイヌ語沙流方言辞典』kasuの複数形 から、
kasuy他動詞は、kasu(+2他動詞)+y(<i)とも考えられます。
その2につづく