pa(+1/-1)を含むアイヌ語北海道方言
『アイヌ語沙流方言辞典』から
pa自動語根「着く、達する」
epa他動詞(+2)「~に行く、届く、着く」<e(+1)-pa(+1)
opanere他動詞(+2)「~をはおる(着るだけで帯をしめない)」
epannere他動詞(+2)「~を口のところに行かせる、~に口づけする」
田村先生は <e(頭±0)-par(<n)(口-1)-ne(~である?+2)-re(させる+1)と分析されますが
前述のように、私見では
<e(頭に±0)-pa(届いた状態 自動詞転成名詞-1)n(挿入音)-ne(~である+2)-re(使役+1)
と考えます。
『萱野辞典』 epa-pakno 「できるだけ やれるだけ」
『バチェラー辞典』 Pa vi To go
Epa vt To reach to 例 Epa pakno ku mokoro kusu ne “I shall sleep as much as I can”
これに対し、樺太アイヌ語では
opaa(Vo)「つかる ズブッと入る」村崎恭子『カラフトアイヌ語』p65
用例
‘uunas wahka ‘ohta repun ‘ohta
さっき 水(沖)に (舟)出る 時
‘urekucikehe nee kanne wahka ‘ohta ‘opaa kanne repun manu.
足首 まで 水(海)に ズブッと入る まで 沖に出たとさ。
‘opas hapuru kusu ku’opa ‘ani ku’ahkas
雪が やわらかかったので(足が) ズブッと入って歩いた。
ku kemaha ‘opa ‘ani ‘ahkas
足がズブズブ入って歩く。
模式的に
A(先端)からB(末端)までの「長さ」の「もの」が、paa (+1) 「達する」場合を考えてみれば
以下のように、opaa(Vo)「つかる ズブッと入る」の語構成は明らかです。
A(先端)、すなわちe(±0)「頭」に、達するのが「届く」の意味であり
A(先端)から、中間点を超えて、
B(末端)、すなわちo(±0)「尻」まで、達するのが「浸かる」の意味と考えられます。
従って
opaa(Vo)「つかる ズブッと入る」は、以下のように分析できます。
<o(尻に±0)-paa(届く+1)
さらに
X…樺太アイヌ語のHawkiでは、『北蝦夷古謡遺篇』「金田一京助全集Ⅸ」p72、73
ニーテク ポンク アネソイテッカ ラシ ポナイ イワナイトイネ タニシパ ウタラ
「木の枝の 小弓 我取り出で 木片の 小箭 六筋の箭を 其の巨酋どもへ
エパンコスラ イアイルエトッタ タイ シネ ニシパ シキル エトンタ
射かくれば 我が箭の行く手に 一人の 巨酋 身を交さん途端
レララ カン アヨシマ シリ ムフカネ ケヱ トヤンクルカタ
胸の 上 我が箭ぐざと立つ 様 そのまま骸となり 地面の上へ
アノチウテッカ イヨッセレケレ
落ちころげたり。 あな かしこ。
タン カムイ ライ フム エパンツ゜ラレ
その 死霊の 轟 従ひて逝きぬ。
イヨッセレケレ イシピヤイツ゜イ
あな かしこ 折り返し射る箭は
タイ シネ ニシパ コアルカム シキル エトンタ
いま 一人の 巨酋へ まともに飛ぶ 身を交はす途端」 金田一京助訳
私註
nītek pon-ku an=esoytekka ras pon-ay iwan-ay-toy(<tok) ne ta nispa utara
木の枝の小さい弓を 私は取り出し 木片の小さい矢 6本の矢の先端へ その首領達が
e-pan-ko-sura i=ay-ru-etok ta tay(<n) sine nispa si-kiru e-tom-ta
それに接近するのにまかせ 私の矢の行く先で その一人の首領が身を翻した その途端
rerara(<ru) kan ay-osma siri muh(<k)kane kewe toy-an kuruka ta
胸板 上 矢が刺さる 様子 丸くなった 体 土 である 表面上 に
an=o-ciw-tekka iyosserekere
受動態 尻 刺さ られ ああ驚いた(感嘆詞)
tan kamuy ray hum e-pa-(n)-tura-re
その 神(首領)を 死の 鳴動が 同行させた。
iyosserekere i=sipi-(y)-ay-tuy
ああ驚いた 私を(対格) 繰り返す 矢 助数詞
tay(<n) sine nispa ko-ar(a)-kam(u) si-kiru e-tom-ta
その (もう)一人の首領 完全に 被さり 身を翻した その途端
esoytekka(+2)
<e(+1)-soy(外 位置名詞的機能±0)-tekka(語根に接尾し使役の動詞を形成+1)
「~を、さっと外に出す」
toy
tok-natara自動詞 「矢が当たる音」「矢がぱしっと当たる」『萱野辞典』
-natara 自動詞接尾辞
『アイヌ叙事詩ユーカラ集Ⅴ』p29 aai-etoko-toknatara
tokse 「膨れる」八雲方言 『アイヌ語方言辞典』
tokse ponehe 「頬骨」帯広方言 『アイヌ語方言辞典』
toksekonte 「高低のある」八雲方言 『アイヌ語方言辞典』
tokse(「膨れた状態」自動詞転成-1)-konte(+3「~を~に持たせる」)
以上から、ay-toyのtoyは
tok(語根「盛り上がった状態」)の、前項ayの半母音yに連られて、
後項の子音kが、前進的同化で半母音のyとなったものと考えられます。
すなわち
toy<tok「盛り上がり」 ⇒ ay-toy「矢の鏃」
iwan-ay-toy-neのneは、「向格」の格助詞 「~に向かって」
ras pon-ayとiwan-ay-toyは、言い換えに過ぎず「同格」です。
epankosura(+2)
<e(±0)-pa (「届く」の自動詞転成-1)- n(挿入音)-ko(+1)-sura(~をそのまま放っておく+2)
「それが弾道上を到達するのにまかせる」「接近するのにまかせる」
このpa(「届く」+1)を使ったアイヌ語における抱合語は、実に見事と言うより他ありません。
pon-ay iwan-ay-toy ne ta nispa utara e-pan-ko-sura は、
iwan-ay-toyの後に、「向格」の格助詞neがあるのに対し
ta nispa utaraは「無標」、すなわち「絶対格」ですので
本来対象であるta nispa utaraに焦点を当てた、いわば「能格」的構文と
解釈すべきです。
従って
直訳すれば、ta nispa utaraがras pon-ayとiwan-ay-toyに「接近するのにまかせ」と
なります。
もちろん「能格」と考えれば、
「木片の矢である、6本の矢の鏃が、その首領達に、接近するにまかせ」と言う意味を
表します。
i=ay-ru-etok ta
etok(「~の先」位置名詞)の前項が短いay-ruですので、全体が位置名詞的機能を
果たし、「主格」ではなく「対格」の人称接辞を取ります。
位置名詞的機能を果たすので、「場所」となり、taが後接します。
si-kiru(振り向く+1)<si(「自身」再帰接辞-1)-kiru(~を向ける+2)
e-tom<e(±0)-tom(途中 位置名詞±0) cf hontom途中<hon(腹部?)-tom(中)
e-tom-ta その中程で 「その途端」
rerara「胸板」<reraru
muhkane「丸くなる」<muk(原義「乳房」→丸い)-kane cf muk-kane-cikuni丸太
『萱野辞典』mutkane 「無傷 体がそのまま 丸のまま」
muhkane keweは原義からすると矢が当たって「丸るまった体」の意味で、死体ではない。
an=o-ciw-tekka -tekka 動詞に接尾し使役の意味を持つ動詞を形成する(奥田語彙集)
epanturare(+2)
<e(±0)-pa(「届く」の自動詞転成-1)-(n挿入音)-tura(~と同行する+2)-re(使役+1)
「それに到達することを伴にさせられる」⇒「~によって同行させられる」
tan kamuy ray hum epanturareを金田一は自動詞的に訳しています。
しかし
この部分は、アイヌ語の語順に従えば、「主語―目的語―他動詞」となるはずですが
文意から考えると、ray humによって、tan kamuyを、epanturareさせるのですから
いわゆる「能格」的構文と解釈すべきです。
というのは
他動詞の取り得る「項」に、「有生物」と「無生物」がある場合
「有生物」と比べて「無生物」は他動詞の「動作主」に相応しくありませんので
「無生物」は「主語」になりにくいと考えられます。
そこで
tan kamuyを「無標」、すなわち「絶対格」とし、
そのあとに「無生物」のray humを「語順による無標の具格」(cf <ani)とすることで
事実上、他動詞の「無生物」「主語」を表現しているものと解釈できます。
i=sipi-yay-tuy<i=sipi(+1)-(y挿入音)-ay(矢-1)-tuy(助数詞)
i=「私を」「対格」人称接辞
sipi自動詞(+1)「繰り返す」
『アイヌ叙事詩ユーカラ集Ⅱ』PORO OINA異伝Ⅰp258 新冠方言
out-itakne ore-itakne shipi kane sipi自動詞
「幾言の葉に 数の言の葉に 繰り返しくりかえし」
tuy 根などを数える助数詞
pujta katkemat sine tuj ka somo anu no NHK『アイヌの昔話』裏からp8 砂沢クラ
「プイほった 奥さん ひと すじ も のこさず」
ko-ara-kam(+2)<ko(±0)-ar(a) (±0)-kamu(+2) 「~に完全に被さる」
ko- 雅語などで使われる音節数を調整する虚辞
ar- 接頭辞 性質を表す自動詞に接頭して、程度が完全であることを表す。
kamu(+2) ~に被さる
砂沢クラ『私の一代の思い出』p172
チエコ エンカム 「千恵子私にかぶさって」 Cieko en=kamu
ここでも
他動詞koarkamu(+2)の意味上の「主語」はi=sipi-yay-tuy「繰り返しの矢」であるのに
「向格」のiwan-ay-toy-neと同様、i=という「対格」人称接辞が使用され
i=sipi-yay-tuy「私の繰り返しの矢を」というように文法上は「主格」となっていません。
反対に、
tay sine nispaが、「無標」、すなわち「絶対格」で、文法上「主語」の役割を
担っています。
つづく