岩内の近くの「掘株川」の古名
元禄郷帳「しりぶか」
上原熊次郎地名解「シリムカ」
松浦武四郎「シリブカ。川幅四十間、船あり 本名シルンカとの由」
「越えて沙浜 ホリカブ」
永田地名解「シルムカペツ 山陰の上より来る川 和人シリブカと訛る」
以上山田秀三『北海道の地名』『アイヌ語地名の研究2』「ルベシベ物語」より
「しりぶか」siribukaは、比較的簡単で
鼻音[m]/鼻濁音[mb] 鼻音[n]/鼻濁音[nd] のように
鼻音[m]を鼻濁音[mb]と認識した
鼻音[m]と鼻濁音[mb]を弁別できない方言話者が記録した
あるいは語中の鼻音の有声化 の
いずれかで、本来の音価は「シリムカ」sirimuka<sir-mukaです。
沙流川の古名「シシリムカ」と同じで
sir(大地-1)-muka(水が湧き出る+1)所の意味です。
muka/muk-a の-aに関して (以降「-a語尾」と言う)
規則
① 自動詞の他動詞非形成母音 -aが接尾して他動詞を作る例はない。
② 名詞の所属形を形成する場合
「-a語尾」は必ず語幹語根に-a-を伴います。 所属形CV₁C+V₂ V₁=V₂=a
換言すると、「-a語尾」となるのは、語根が-a-の場合のみです。
『知里真志保著作集4』「アイヌ語に於ける母音調和」
③ 語根(それ自体では独立の語ではない)に付いて他動詞を形成する場合
「-a語尾」は、すべて語根が-a-の場合のみです。 語根CV₁C+V₂ V₁=V₂=a
「-a語尾」の例
mak-a mas-a pas-a has-a cak-a yas-a nas-a tas-a sur-a
さらに
「-a語尾」は、位置名詞makに後接して、maka副詞(語の構成要素)となる
こともあります。 これについては、まだ良く分かっていません。
参考
8/6 沙流川の古名「シシリムカ」のアイヌ語地名解
「掘株」「ホリカブ」は<horka(逆さになる+1)-p(もの-1)
他のmuka/muk型の地名として「俣落」
根室支庁 中標津市街西郊の地名
永田地名解「マタ・オチ 冬居川」「此川メム三箇所ありて鮭多し。冬日も亦
滞留することあり。故に名く。或アイヌはマタオウチと云は訛なり」
mata-ot-i>mata-oci 冬・ごちゃごちゃいる・もの(川)
マタヲチ 松浦武四郎『志辺都誌』1858年『東西蝦夷山川地理取調図』1859年
『東蝦夷日誌』1878年
マタオチ川 大日本帝国陸地測量部『5万分の1』1897年
これも、恐らく
永田地名解の記述のメム(湧水地)の存在から
俣落 muka-ot-i<muka(湧水(<乳汁)が-1)-ot(複数ある+2)-i(-1所) と
解釈できます。
次に
岩内と尻別川の間にある「雷電岬」
これは、かなり難解です。
上原熊次郎地名解「ライデン 夷語ライテムなり。則ち焼てう なると訳す」
松浦武四郎「ラエンベツ 小川なり」
永田地名解「ライ・ニ 枯木」
「雷電」raitenのraiは、恐らく接頭語のrayで
「名詞や動作を表す自動詞に接頭して、ひどくないし激しく行われることを
大げさに表現する」『アイヌ語沙流方言辞典』
後項のtenは、名詞あるいは自動詞と考えられます。
知里真志保『分類アイヌ語辞典 人間編』p340には
樺太鵜城方言としてténe araka 「皮膚病の一種」 で
<téne(濡れる べとべとする)-araka(病気) と分析されています。
また
『地名アイヌ語小辞典』では
teyne[完動詞=自動詞](+1) 「ぬれている どろどろしている」で
知里先生は、
teyne<toyre+péneの混成?と解釈されています。
私見では
『分類アイヌ語辞典 人間編』p340の記述は
『民族学研究』30/1 1965.6 「アイヌ語病名資料 和田文治郎遺稿2」p65
teene'araka [鵜城]=para
p60 para[鵜城 白浦] 「身体のここかしこの皮膚が崩れ治ったり出たりする病気」 が
オリジナルと考えられます。
téne arakaは、アクセントの位置及び和田氏の記述から、
本来は、長母音でténe<teeneであったと思われます。
とすると
teyneは、長母音teeneを反映した語形であり
知里先生のteyne<toyre+péneの混成?という解釈は誤りということになります。
さらに
このténe/teeneという語形に関して
樺太ライチシカ方言には、以下のような用例があります。
tani sikah neeno’an haciko pon tennehpo’an 『カラフトアイヌ語』p43
「今 生まれたばかり らしい 小さな かわいい 赤ちゃんが いる」
tennehpoは、「赤ちゃん」の意味で、動詞価計算すると
ten(濡れたもの-1)-ne(~である+2)-h(-1もの<p)-po(指小辞) となります。
téne/teeneは、tennehpoのten(濡れたもの-1)に、コピュラ動詞ne(+2)が
付加したもので、
これらは、
téne/teene<teen(濡れたもの-1) -ne(~である+2) と分析できます。
このténe/teeneに似た語形としてtenatenakがあり、以下のような用例が存在します。
earkine sir-tenatenak wa k=apkas ka eaykap
「(雨の後)地面がツルツルすべって 私は歩くことができない」『アイヌ語沙流方言辞典』
田村先生はtenatenak<[tena(擬態)-tena(重複)-k]自動詞形成 と分析されています。
しかし
sir-taratarak「土地がデコボコだ」『アイヌ語沙流方言辞典』との対比から
tenaは、樺太方言形のténe/teeneのtenに「-a語尾」が付いた語形と考えるべきです。
すなわち、ten(+1濡れた)+a(他動詞非形成母音) 規則①
この場合のtenaはtenatenakが自動詞ですので、規則②から自動詞と考えます。
よって、-kは、付加音と考えます。
以上から、
「雷電」とは<ray(接頭語「ひどく」)-ten(「濡れた ツルツルすべる 所」) の意味と
なります。
まさしく「雷電岬」の錦絵そのままに「人がよくすべり落ちる所」なのでしょう。
「東本願寺北海道開拓錦絵」の「雷電越えの危難」
最後に
「雷電岬」近くの「アフシタ」
situが「シタ」に読まれる例として
岩手県盛岡市の御所ダム近くの雫石川南支流の萪内沢(したない) <situ-nay
箱ケ森、南昌山、東根山、西根山と南へ続く張り出し尾根の先端であり
萪内沢と雫石川の合流点から遡行し、雫石町中心部を抜けると、
雫石川の北支流が、前述の小志戸前沢(<situ-oma-i)になります。
従って
「アフシタ」はapu(裂けた+1)-situ(走り尾根-1) で「切り通し」の
意味です。おそらく「雷電峠」近くの尾根の鞍部をさしたものと思われます。
新冠ではapa(-1入口)-o(+2存在他動詞)-y(-1もの)で、同じく、「切り通し」です。
狩野義美『新冠・静内地方のアイヌ語 郷土史話 随筆集 わが想い出』
「アフシタ」の方が、apaを自動詞として使っているので、古い形式の地名です。
参考
8/8 網走のアイヌ語地名解