『松前ノ言』で金田一、佐藤先生が不詳とされている語彙の一例として
一乃可うし 可ま乃事
金田一はnokaushで模様の附いている かま?
私見では『庭訓往來』卯月十一日の状の「能登釜」(至徳3年本1386年最古写本)
ではないかと考えています。
能登釜は能登鳳至郡中居が産地で、
平安後期康和2年(1100年)「能登国封戸代石納釜一口」
『堤中納言物語』「けぶりが埼に鋳るなる能登がなへ(鼎)」や『新猿楽記』にも
記述があり、永禄4年(1561年)には正親町天皇に進納された。
能登国鹿島郡熊来荘等で塩釜用として用いられ、越後や飛騨にも鐘銘が存在する。
noka-us-iとは、「釜肌の文様」を指すのではないでしょうか。
一ちきらい つきの事 金田一 チキラヒ
なお、別に
一つうきう さ可つき<tuki 坏
一い多き ちやうき 『蝦夷記』イタキ <itanki 椀
「茶器」『(古版)庭訓往來註』
が、あることから
tuki 「坏」やitanki 「椀」 以外の「容器」と考えられます。
可能性 ①kici「桶」
Крашенинников kittschi「木製、皮製の容器」
Dybowski kiči「桶」、 バチェラーkitchi a manger a trough
で、
kici「桶」の音韻転倒>ciki+raw名詞「水の底」
可能性 ②「漆器」が品目に無いことから、noka-us-i「釜」=「容器」とすると
(『松前ノ言』の成立を弘治2年(1556『節用集』から推定)とすれば、
未だ16世紀半ばの自立したアイヌ社会では、「漆器」はまだ少なく、
主要な交易品と して扱われていない可能性も、もちろんありますが)
kema-us-sintokoと同じように、cikir-un-i「脚を持つ木」
一あふらさけ よき酒乃事
金田一 apuru sake 美酒なり『蝦夷藪話』「油酒」 但し原文表記は「油さけ」
『蝦夷随筆』「上酒 アブラサケ」
一うまんさけ あしき酒乃事
金田一 umama sake 「並酒」劣る酒の意
umama-anpe 「凡庸の者」 u-ma adv 皆と一所に 『久保寺辞典』
例文Ainu neyakka kamui neyakka umama-anpe shimontasare shomokip ne
村崎恭子『カラフトアイヌ語』uma adv ~もまた
一い川可れ にこりさけの事
不詳 金田一 今はshirarikorsake「濁酒」 私註 sirari-sake「濁酒」
『久保寺辞典』shirari 酒糟 turepの粉末とならぬ部分
私見
『松前ノ言』には、一可んたち かうしの事<kamtaci 「麹」とあることから
kamtaci「麹」は輸入品で、「濁酒」は「口噛み酒」(大隅国風土記)だった可能性が
あります。
とすると、
「濁酒」とは、未だ粉末とはならない、粒状のゾル状態の酒で、
日本語でも「酒盛り」、古くは酒はゲル状で器に「盛った」ことから
い川可れ< i=tuka-re と分析できるかもしれません。
tuhnoo自動詞「よく育つ、よく成長する」樺太方言
tuh自動詞「移る、引越する」樺太方言、tuhte他動詞「移す」樺太方言
tuk自動詞①「出る、伸びる、育つ、生える」②「盛り上がる」
②の例
an=kam-pirihi uciw wa paye tuk wa paye
『英雄の物語』p172 杉村キナラブック
tan pir uciw wa paye tuk wa paye
『人々の物語』p190 砂沢クラ
tuka 名詞の例 <tukの自動詞転成 「生育するもの」⇒「根株」
rataskep ta yakka sine tuka ka somo ama opitta somo ta yan!
NHK『アイヌの昔話』裏からp9 砂沢クラ
註13で、浅井先生は「tukaはtuyka(内部)のまちがい」 とするが
tukaは自動詞転成名詞 tuk-a(他動詞非形成母音)⇒tuka(+1) 自動詞
tukka自動詞「台頭する」の例
sisam tukka iki a yakka
『アイヌのくらしと言葉5』p18 砂沢友太郎
tuk(+1)は
tuk(+1) 自動詞
tuka(+1) 自動詞/自動詞転成名詞
tukka(+1)自動詞
tukte(+2) 他動詞>tuhte樺太方言
-re(+1)使役形形成接尾辞
母音や子音(半母音)y、wの後に付く
-te(+1)使役形形成接尾辞 上記以外の子音の後に付く
い川可れ< i(-1)=tuka(+1)-re(+1)⇒(+1) 自動詞転成
注目すべきは、tukka(+1)自動詞が、tuk(+1) -ka(+1)ではない点です。
-ka(+1)他動詞形成接尾辞 自動詞語根等に付く、決まった少数の語にのみ現れる
-ka(+1)は、-re(+1)や-te(+1)と比べて、付加語彙が限定されており、
相対的に古い形式です。
A 知里真志保『アイヌ語に於ける母音調和』によれば、
自動詞の他動詞形成母音は、-aを除く、母音 -i、 -e 、-u 、-oです。
恐らく、この母音の付加に基づく、換言すれば、屈折による他動詞化が
アイヌ語の現在考えられる一番古い形です。
B 私見ですが、
-ka(+1)他動詞形成接尾辞は、母音-aが他動詞化できない代償として
子音kを介在させることで、発生したものと考えられます。
C そして、現在の段階が、-re(+1)や-te(+1)を接尾させる形式です。
A~Cへの変化は、
以下のように日本語の動詞の自他対応に似ています。
釘貫享『古代日本語の形態変化』(1996年)和泉書院
奈良朝時代の日本語における自動詞と他動詞の対応形式には次の三つの
種類があった。
Ⅰ 活用の種類のちがいによるもの
例 知る(四段、自動詞) 知る(下二段、他動詞)
Ⅱ 語尾の種類のちがいによるもの
例 成る(自動詞) 成す(他動詞)
Ⅲ 語幹増加と語尾付接によるもの
例 荒る(自動詞) 荒らす(他動詞)
「これらの形式が、自他弁別の要求の増大に対応して、それぞれ異なった
通時的段階において成立したものであると考える」
「これを歴史的な軸において考慮すると、要するに自他対応が活用の種類の違い
のみに基づく消極的なものから、『ル』『ス』という積極的な標識を用いた形式へと
転換を遂げたのではないかと疑われる」p308
日本語の動詞も、活用の種類という屈折から、接辞の付加という方向に変化しています。
最後に
Cの段階の -re(+1)と-te(+1) ですが
私見では、rは、現在よりもtに近い「ふるえ音」「弾き音」だったと考えられます。
というのは
『松前ノ言』では、一びる可 よき事 とpirkaのrが「る」と表記されている点です。
pirkaを日本語話者が聞いた場合、「ピリカ」と、rが直前の母音に引かれて聞こえるのが
普通だからです。
この表記は、佐藤先生によれば、
「ぴる可」『蝦夷談筆記』宝永7年(1710)、「ビルカ」『北海随筆』元文4年(1739)と
18世紀前半の資料に出て来ます。
前述の「テタラretar」のように、語頭のrがtと表記される例は、樺太方言では顕著です。
『ルダノフスキー アイヌ語辞典』では、ラ行がт、ハ行がгで表記される例があり
音節末にp やtも出現します。
これは
18世紀前半以前では、語頭のrのみならず、語中のrも、tに近い音で発音されていた
証拠かもしれません。
とすると
-re(+1)/-te(+1)は、本来同じ接尾辞で、 V(母音) C(子音)
-re(+1)使役形形成接尾辞 母音や子音(半母音)y、wの後に付く CV⊥C(-r)e
-te(+1)使役形形成接尾辞 上記以外の子音の後に付く VC⊥C(-t)e
もしかしたら、これは、
アイヌ語の最小自立形式が、CVCは可能で、VCVは不可である事 と
関係するものかもしれません。
CV⊥C(-r)eの場合、C(-r)が弱化しても、CVV
VC⊥C(-t)eの場合、C(-r)が弱化すれば、VCV
CVVより、VCVの方が音韻上、相対的に逸脱の程度が高いと考えられえます。
(yやwを半母音と考えれば、nay やkay等、長母音でなくてもCVVとなります。)
従って、
VC⊥C(-t)eの場合は、弱化せずに、明瞭に子音を発音する必要があったのでは
ないでしょうか。
-re(+1)/-te(+1)の交替は、
アイヌ語では、本来語頭のrのみならず、語中のrも、tに近い音で発音されていた事に
起因するのかもしれません。