映画 『コクリコ坂から』

 スタジオジブリの最新作『コクリコ坂から』を見てきました。細かいストーリーやトータルとしての感想は、いろんなところで書かれているので、今回は物語の本筋とは直接は関係のないところについて書きたいと思います。そして

 物語の舞台は、1963年の横浜です。当時の横浜は既に日本最大の港湾都市として発展していましたが、主人公の少女・海の暮らす街は、まだ都市化の波が押し寄せてはいない、横浜の外れの港街です。海べりには小さな波止場と商店街があって、船乗りとその家族が暮らす木造の家が立ち並んでいます。海に目を向けると、沖には大型のコンテナ船や積み荷を運ぶタグボートが、煙を吐き出しながら盛んに行き交っています。高度経済成長期真っ只中ですが、この街には何となくのどかさが残っています。

 決して多くのシーンが割かれているわけではありませんが、映画ではこの街の人々の暮らしがよく描かれています。船乗りや商店街の肉屋、魚屋、主婦や子供たち。別に裕福な街ではないので、経済成長の華やかさなどとは無縁の生活ぶりなのですが、それでも各自がその小さな世界の中で淡々と暮らしているのです。

 僕は実は、この街の風景に、涙が出てきて仕方がありませんでした。いろんな人が生きているという、ただそれだけのことに僕はものすごく震えます。

 主人公の海は、母親が家を空けています。そのため、海は毎日、家族の食事の用意や洗濯をしています。同級生より遥かに早起きだし、放課後も遅くまで学校に残ることはできません。けっこう苦労人なのですが、海自身は(少なくとも表面的には)そういう自分の生活を受け入れていて、淡々と同じような毎日を繰り返しているのです。

 唐突なようですが、僕は映画を見ながら「なんて世界は美しいんだろう」と考えていました。人生はいろいろうまくいかないことや、泣きたくなることや、後悔することがたくさんあるし、たまに「ああ、もっと違う人生があったのでは」というようなことを考えたりするけれど、そんなことは詮ないことだから、今いるこの場所で黙々と毎日を過ごしていくしかない。あの街で暮らしている登場人物たちは、そういう葛藤(というほど大げさなものではないにせよ)を乗り越えてきたんだと思うと、海や、街の人の、淡々とした生活のリズム感は、それ自体がものすごく美しいものに思えてきたのです。

 実は、昨年の『借りぐらしのアリエッティ』でも、一昨年の『崖の上のポニョ』でも、僕は同じことを感じて泣きました。1か月くらい前に、金曜ロードショーで放送された『魔女の宅急便』を見ても、やっぱり泣きました。スタジオジブリの作品は、この世界の一切を肯定しようという、無謀と言えるほどの意志があるから好きです。ジブリの作品はどれもが生命賛歌であり、世界賛歌だと僕は思います。子供の頃は、そういう感覚を直感的に受け取っていたのでしょう。そして大人になった今、世界を肯定することは、とんでもなくエネルギーが要ることを知りました。膨大なエネルギーを消費してもなお、世界を好きなろうとする気持ちは、多分毎日を淡々と笑顔で生きていくことと同義なのだと思います。