モンスター級超大型エンジンに
最初に火をつけた男


 3年前の夏のこと。僕はある映画を観に近所のシネマ・コンプレックスのレイト・ショーへ足を運んだ。その日はお盆の真っ只中で、深夜にもかかわらず館内はかなり混雑していた。だが、僕が観た映画だけは例外で、200人はゆうに入れる客席に観客は僕を含めて5,6人しかいなかった。

 タイトルは『ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男(原題:STONED)』。ローリング・ストーンズのオリジナルメンバー、ブライアン・ジョーンズの生涯を描いた映画である。

 ストーンズ関連の映画というと、昨年末にマーティン・スコセッシが監督したドキュメンタリー・フィルム『Shine A Light』が公開されて話題になったが、それに比べるとこの『ブライアン・ジョーンズ~』はちっとも注目されずに、本当にひっそりと公開されていたような印象がある。

 確かに「ローリング・ストーンズ」と聞いてまずブライアン・ジョーンズの名前を挙げる人はほとんどいないだろう。だが、ストーンズの音楽を腰を据えて聴こうと思ったら、ブライアン・ジョーンズは絶対に外せない存在だ。最初期の60年代にストーンズのリーダーだったのはブライアン・ジョーンズであり、そもそもストーンズというバンド自体が、ブライアンがミック・ジャガーとキース・リチャーズに出会って結成されたのだ。

 ブライアンはスライド・ギターの名手で、ブルースハープもものすごく上手いし、他にも鍵盤だろうがサックスだろうがパーカッションだろうが、何でもかんでも演奏できてしまうという多才なミュージシャンだった。彼のクリエイティビティが初期のストーンズを牽引していたのである。

 だが音楽性の相違から次第にバンド内で孤立し、ドラッグに溺れ、やがてバンドを去ることになる。そして脱退直後、自宅のプールで謎の死を遂げてしまう。27歳という若さだった。

 今回紹介する『ENGLAND’S NEWEST HIT MAKERS』は、1964年にリリースされた、ローリング・ストーンズの記念すべきファースト・アルバム。正確に言えば、これは本国イギリス盤の1ヵ月後にリリースされた米国盤で(タイトルにわざわざ「ENGLAND’S」と入っているのはそのため)、オリジナルとは収録曲が1曲だけ異なる。

 当時のバンドのデビュー・アルバムというのは今とは事情が異なり、全曲オリジナルというケースは稀で、数曲のカヴァー曲を織り交ぜて制作されるのが通例だった。ビートルズでさえ、全曲オリジナルになるのは3枚目『A Hard Days Night』からである。当時のリスナーもレコード会社も、どこの誰だかわからない新人バンドのオリジナル曲より、一定の質を保証してくれるカヴァー曲を求めていたからなのかもしれない。

 もちろんストーンズも例外ではない。それどころか、このデビュー・アルバムは、全12曲中オリジナルはたった1曲だけ。ほとんどが黒人R&Bのカヴァーで占められている。

 ロック草創期のバンドたちは一様に黒人音楽に憧れて音楽を始めているが、ストーンズが他のバンドに比べて際立っているのは、R&Bを白人好みのポップ・ミュージックに消化せず、ブラックなグルーヴそのものをストイックなまでに再現しようとしていたところにある。そして、そんな初期ストーンズの精神をもっとも担っていたのがブライアン・ジョーンズだった。

 彼は本当にブルースが好きだったみたいで、白人に本場のブルースを知ってもらいたくてストーンズを結成したのだった。ストーンズの初期のアルバムを聴いていると、スライド・ギターを弾きまくりブルースハープを吹きまくりと、夢が叶った少年のように楽しそうに演奏している彼の姿が目に浮かぶ。

 だが、白人がいくら黒人音楽を追求し、精度の高い演奏をしても、所詮は「物真似」「コピー」のそしりを免れ得ない。ストーンズはキャリアを積んでいくなかで、黒人音楽を解体し、自分たちオリジナルのフォーマットへと再構築する必要があった。やがてミックとキースはオリジナル曲を量産し始め、次第にこの2人がバンドのイニシアチブを取り始める。反対にブライアンの存在感は徐々に薄まり、69年バンドを脱退。そして死を迎えるのである。

 実のところこのデビュー・アルバムは、「ストーンズの1枚目」という以外には語るべきところは少ない。カヴァー曲ばかりなのもあるが、全体に粗く、まとまりのようなものに欠けている。

 だがこのアルバムを聴くことで、彼らが、ビートルズのように才能だけで突っ走る天才集団ではなく、黒人音楽と格闘し試行錯誤を繰り返しながら自らの音楽的センスを磨いてきた、非常に泥臭い努力家たちであることがわかる。そのタフネスがあるからこそ半世紀(!)近くもの間現役を貫き通していられるのかもしれない。そして、この「ローリング・ストーンズ」という名の超大型エンジンを最初に設計し、火を点したのは、今は亡きブライアン・ジョーンズだったのである。


<NOT FADE AWAY>他2曲を演奏するローリング・ストーンズ。ブルースハープを演奏しているのがブライアン・ジョーンズ