湘南・江ノ電を舞台にした
海風薫る抒情詩
日本のロックバンド、アジアン・カンフー・ジェネレーションの5枚目となるアルバム。まず、収録曲のタイトルを見て欲しい。
#1 藤沢ルーザー
#2 鵠沼サーフ
#3 江ノ島エスカー
#4 腰越クライベイビー
#5 七里ヶ浜スカイウォーク
#6 稲村ヶ崎ジェーン
#7 極楽寺ハートブレイク
#8 長谷サンズ
#9 由比ヶ浜カイト
#10 鎌倉グッドバイ
湘南地方に馴染みのない方はわかるだろうか。全ての曲に江ノ電の駅名が含まれているのだ。江ノ電とは、
神奈川県の藤沢と鎌倉を結ぶ単線の電車のこと。海岸沿いや、海辺ののどかな町並みの間をゆっくり走る、潮の香り豊かな電車である。この『サーフブンガクカマクラ』は、全曲が江ノ電沿線の風景をモチーフにしたコンセプチュアルなアルバムだ。
僕は20代の初めまで江ノ電の近くで暮らしていたので(2曲目<鵠沼サーフ>の鵠沼駅なんてものすごく近所)、沿線の風景には思い入れが強い。その分、湘南地方をテーマにした作品にはかなり冷徹で批判的になってしまう。特にこの『サーフブンガクカマクラ』は、青春期の目を通した風景が歌われており、まさに僕自身の経験と重なることから、聴く前は「ヘンな曲ばっかりだったら承知しないぞ」と、かなり警戒心を抱いていたが…。
結論から言うと、大満足!
アジカンというと、ディストーションを効かせた歪んだギターサウンドが特徴の、シリアスな世界観を持つバンドだが、このアルバムではそういった印象は薄い。ボーカル後藤正文の書く歌詞は散文調ではなく抒情詩のようであり、イメージのバラバラな単語がつながり合うことで青春の甘酸っぱさやほろ苦さが表現されている。いつもはシリアスに響くギターの歪みも、このアルバムでは、初めてバンドを組んだ高校生が嬉しくてたまらずに弾いているような、無闇なパワフルさを感じさせる。
聴いていると江ノ島の抜けるような青空が浮かび、サウンドの間から磯の匂いが薫ってくるよう。
10曲の展開がとにかくニクい。
1曲目<藤沢サーフ>はかなり勢いよく、重く入る。2曲目<鵠沼サーフ>になると少しずつ重さがとれて、続く<江ノ島エスカー>で一気にフワッと音が軽くなる。
この展開、江ノ電に乗ると実感できる。海への距離なのだ。電車が街から海に近づくにつれて、曲も明るく跳ねるような音へと移行しているのだ。
そして、本当の『サーフブンガクカマクラ』の旅はここから。江ノ島駅を出た電車は、腰越の商店街を抜けて、いよいよ海に面した海岸線を走る。「海に来た!」という興奮も徐々に落ち着いて、ぼんやりといい気分で風景を眺めるようになる。これに呼応して、<腰越クライベイビー>は3拍子の曲、続く<七里ヶ浜スカイウォーク>はミドルテンポと、アルバム中盤は海を眺めながらのリラックスした旅だ。
やがて電車は海を離れ、静かな町並みのなかへと入っていく。鎌倉山のまぶしい緑が、窓のすぐ側まで迫っている。稲村ヶ崎、極楽寺、長谷、と落ち着いた景色が続くアルバム後半は、彼女と別れてクヨクヨする男の子、あるいは「そんなことがあったな」と懐かしく思い出す大人の青春回顧、といった感じだ。
後半のハイライトは9曲目<由比ヶ浜カイト>。旅の終わりが近いことを感じさせる切ないチューンだ。
そして、ラスト<鎌倉グッドバイ>で文字通りお別れになる。この「グッドバイ」が、単に旅の風景に別れを告げているのではなく、もうひとつ何か別のものにさよならをしていると感じさせるのが実にいい。