ビョークの歌うジャズ

彼女の声を堪能できる1枚

 「ビョークが歌うジャズアルバム」と説明するのが一番早い。1990年リリース。

 

正確にはビョーク名義ではない。ジャケットには小さく「Bjork Guomundsdottir & trio Guomundar Ingolfssonar」と載っているが、この名義で他にも活動をしているわけではないので、この『Gling-Glo』というアルバムを作るために集まったメンバーをそう仮称した、というだけだろう。そのため、今回はアーティスト名義は載せていない(ほとんどのレコードショップではビョークのコーナーに置いてある)。ちなみに、定かではないが、ドラムのGuomundar Steingrimssonはビョークの父だったと記憶している。

 ビョークがジャズを歌うとどうなるか。想像しづらいかもしれないが、これが不思議と、いやピッタリとハマっている。90年と言えばシュガーキューブスの活動期と重なっており、ビョークのボーカル、特にバンドのなかでのボーカルという点では脂がのっている時期ではある。しかしそれにしても、まるで最初からジャズ・ボーカリストであったかのようなハマり具合だ。

 サウンドは全体的にソフトだ。ドラム、ベース、ピアノというシンプルな音に乗せて、全16曲、柔らかいメロディをビョークは歌う。ただし、しっとりした雰囲気というわけではない。メロディは丸みを帯びているものの、音符はまるで粒のように飛び跳ねていたり、わざと上下左右を行き来したりと、非常に元気がいい。ソフトで柔らかくも、聴いているこちら側を励ましてくれるような逞しさがある。

クークルでは憑かれたシャーマンのような危うさ、シュガーキューブスではやんちゃな女の子のような可愛らしさと、さまざまな表情を見せるビョーク。このアルバムの彼女からは母性的な、心地のよい温かさを感じることができる。特に1曲目に収録されたタイトル曲「Gling-Glo」はまるで子守唄のようにも聴こえる。変幻自在とはまさにこのことだろう。

収録されている16曲のうち、14曲は彼女の母国語であるアイスランド語で歌われている。アイスランド語が理解できる人(多分あまりいないでしょう)でなければ、このアルバムは雰囲気だけを楽しむ他ない。

だが、その分ビョークの声だけを心ゆくまで堪能できる1枚でもある。音と声だけで何かしらを表現できるアーティストなので、歌詞の意味がわからなくても、充分に“聴く”ことができる。

ビョークの声は非常にクセが強い。もちろんそれが彼女の魅力なのだが、なかなか馴染めないでいる人も多いと思う。しかもソロ時代に入ってからは楽曲がやや難解になった傾向があるので、ただでさえ敷居が高いイメージもある。

ビョークを聴いてみたいけど、なんだかとっつきづらい。そう感じている人には是非この『Gling-Glo』をおすすめしたい。