私は、しばらく呆然としていたけれど、ふと我に返った。
「……どうして、その話を、あたしにしたんですか」
「さあ。今まで誰にも言ったことはありませんでしたけど。……火傷の痕は残っているので、聞かれたことはありましたが、答えたことは無いです」
彼は、傍らのパンの袋の中からフレンチトーストを取り上げた。
「これ、もらっても」
私も好きだけど、彼もフレンチトーストが好きだ。
「……どうぞ。ていうか、そのままじゃなくて少し温めた方が美味しいですよ。貸してください。取りませんから」
口角に少しだけ笑みを浮かべて、彼はそれを手渡した。
トースターに入れて、つまみを回して待ちながら私は思う。
熱湯。それだけより、砂糖みたいな混ざり物があった方が温度が高くなったり、火傷が酷くなったりすると聞く。その時のコーヒーがどういうものか分からないけれど、子供が一晩耐えられる痛みではなかったことは確かだ。
大人になるまで、大人になってもそれを引きずって――――。
甘い匂いがしてきたところで、取り出して皿に乗せた。
「どうぞ」
「ありがとう」
この人が普通に『ありがとう』って初めて聞いた、気がする。
敬語っていうのは、礼儀でもあって、ある意味他人との境界線でもあって……。
一口食べて、彼は言う。
「美味しいです。自分ひとりじゃ、面倒でそのままですから」
「……良かったです」
じわっと視界が滲みそうになって、唇を噛んで膝の上でこぶしを握って堪えていると、彼が言った。
「食べないんですか」
「あ。……いただきます」
「まあ、いきなりこんな話をされたんじゃ、食べる気にもならないでしょうが」
「……いえ、お腹減ってたんで、いただきます」
バジルとベーコンのエピを私は取った。バジルは嫌いらしいからいいだろうと思った。
自分のを温めるのは面倒でそのままかじる私に彼は言う。
「彼と夕飯は食べて来なかったんですか」
「前は、一人暮らしの時は、帰っても一人だから一緒に済ませてましたけど、今は、……せっかくお休みの日に、ずっと家を空けてても申し訳ない気がするから」
少しの間があって、彼は言った。
「私は、構いません。平日は、毎日でなくてもあなたと食べられる日もあるし、むしろ、彼はずっと一人なんでしょうから、どうぞ彼の方を優先してもらって結構です」
女性の誘いも断ってたみたいだし、それはそうかもだけど。
「ていうか……寛大ですね。『彼』に」
「寛大、というか……」
食べかけのフレンチトーストを手に、彼は笑みを浮かべた。
「まあ、馬鹿なんでしょうね」
「……佐々木さんが?従兄が?」
「自分の方が満たされているから、貸してやってもいい、ぐらいのつもりで居るのかもしれません。そう言ったらあなたに失礼ですが」
なんか、従兄の『刺される』発言といい、いつのまにか私は、このどっちもどっちな男性たちの共同名義の所有物にされてしまった気がする。
続きます
お読み下さりありがとうございます
以下、作者の独り言になります。よろしければお付き合いください
最近、創作を通してのお付き合いは、私ではなくキャラクターたちが繋いでくれているものだなぁと、ひしひしと感じます。少なくとも私の場合
アメブロでは、浅尾と美緒、石田に海棠、入生田……あ、逆枝と理久もまた書きたいですが。今は理津、雄一郎、藍の三人ですね。他の男女と違って、彼らは三人でひとつの兄弟みたいな感じです。
作者には子供たちなので、皆さまに記憶に留めて頂いたり、久しぶりの話でも気にかけて頂いたり、本当に有り難く思います。
先月から始めましたエブリスタでも、新たな子供たちが生まれ、先日完結しました。
あちらは成人指定が出来て表現が自由なので、のびのび(?)やらせてもらいましたが、こちらも大事に育てて行けたらと思いました。よろしければこちらも遊びにいらして頂けたら幸いです。
いつもありがとうございます