お立ち寄りありがとうございます


移植を決断した経緯


昨夜からの雨、朝もポツポツ雨が降るなか

我が家に毎年くるツバメの囀りで目が覚めて

スッカリ朝方傾向の今日この頃(朝4:00起き)

我が家のワンコも日の出とともに起き出し

ビーグル犬しっぽご飯の催促ですビーグル犬あたま

こんな日々を過ごせて移植して良かったんだと

思います。


GVHDの事を考えると移植するのが

恐怖でしかなくてネガティブ

私的には、しないでおこうと決めてました。

でも家族には可能性が少しでもあるなら

やって欲しいと言われました。

本人が1番大変だけど、でも1日でも多く家族で

過ごしたい、その中にきっとハッピーな日だって

あると思うと言われた時に

母の事を思いだしました。


母は若年性(60歳くらいから)の認知症でした。

母が70歳にさしかかった辺りから

食事が出来なくなり延命をするかどうかの決断を

しなければいけなかった時の事が

フラッシュバック


母が延命を望んで無いのはわかってたし

母が1番辛いんだからって思ったけど

父、主人と立て続けに別れが続いた中での

母の延命の決断

精神的に衰弱して行く母を見てられなかった。


「少しでも私の側にいて欲しい!」

「ごめんねママ爆笑

「ママは辛いかもだけど私のためにお願い!」


そう思った事を‥

一方通行の会話だけど側に居てくれるだけで

それだけで嬉しかった。


心の内を話したり‥

あった事を話したり‥

泣き言言ったり‥

相談したり‥(相談にはならないけど)

いろんな話をした4年間でした。


いつもニコニコして聞いてくれた母。

経管栄養をしてたのでほぼ母は話せなかったし

私が話した事を理解してはないのと思うけど

そんな時間は私にとって大切な時間でした。

はどう感じてたはわからないけど)


順繰りなんだなって

私が母に望んだように息子達が望むなら

今度は私がチャレンジして

楽しい時間を過ごさないと思い

造血幹細胞移植の決断でした。


移植して9ヶ月少し平坦では無かったけど

順調なのかな‥

今は皮膚のGVHDが出でるくらいです。

平坦では無かった事、2回目以降の入院は

またそのうちに


最後までお付き合いいただきありがとうございます。