痴呆症、認知症というのが一般的な呼び名かもしれない、介護する方も介護される方も心身共にダメージをおう病気だ、骨折し3週間の入院から家に帰った母親の症状は数段回は進んでしまった、退院して眠りについた数時間後に母親の部屋から「ヒィ~」と言う声が聞えて見に行くと臭い匂いが部屋に立ち込めていた、ワタクシは呆然と立ちすくしジョイに声を掛けた、下着や敷布に大便が散らかり何も出来ないワタクシに代わりジョイがほとんどをかたずけてくれた、「これからやっていけるのか?」と、二人の心は重く暗くなった。
次の日にはパンパース買ってきて母親に履かせた、病院から紹介されたケアマネージャーと話をし介護ベッドや車椅子、トイレの手すりを業者からレンタルした、風呂に入れるのも大変なので週一回は訪問入浴を頼み、週二回は老人が集まり歌を歌ったり風呂も入れてくれるデイ.サービスに通わせ始めた、月に二回に訪問医療の医師にも来てもらうようにした、トンチンカンな話でデイサービスに行くのも駄々っ子のように嫌がったりしたが、痴呆は進みながら体は少し元気になりトイレも四つん這いかつたい歩きで自分で行っていた、ワタクシたちは少しづつ扱いに慣れる、更に痴呆が進む、扱いに慣れるの繰り返しとなるが結構これか疲れる、自分が睡眠から覚めると夜だろうが昼だろうが起こされ万年睡眠不足になった、家にいるときは常に何かを食べている、ベッドに戻しても2.3分もすると出てきてはキッチンにあるテーブルの上にある物を食べ続ける。
6月には感染症で1週間ほど入院、出てきてからはワタクシの名前さえ忘れてしまっていた、ある日ワタクシたちの部屋の入り口で「これ、これ」と何かを差し出してきた、ワタクシの手に乗せたものは大便だった、更にテーブルの上に置いてあった茶碗のご飯の上にも便があった、「ハーッ」とため息をつくワタクシ、母親は何でも口に入れるようになっていて「ひょっとしたら食べたかもしれないな」とジョイに話をした、この頃母親は「早く死にたいよ」「2.3日したら死ぬから」が口癖になっていた、ワタクシは「人は天命があるんだからそんな事を言わないで頑張れよ!」と言うと怒られた子供のように小さな声で「うん」と頷く母親、いや実際に母親はまるで駄々っ子の子供のようになっていった、しかも記憶の持続力は日に日に短くなっていた。
9/21の月曜日にワタクシの長男が訪問してくれた、10日に一度はやって来て母親を見舞っていってくれる、昔は取っ組み合いの喧嘩をして家を出ていったが母親に会いに来る事でワタクシとの仲が再び繋がった、家を飛び出し社会に揉まれたのか人間的にも成長し母親に対しても優しさをみせていた、
ワタクシ「ホラ、ショウが来てくれたよ」
母親「来てくれたの、お茶入れてやって」
子供「僕の名前解る?」
母親「ウ~ン」
ワタクシ「じゃあ、自分の名前解る?」
母親「ウ~ン」
自分の名前も忘れた母親は息子が買ってきてくれたマシュマロを「美味しい、美味しい」と食べていた、ワタクシは後少しで母親に‘意識の死,が訪れるだろうと覚悟した、自分が誰かも解らない、側にいる人が誰かも解らない、過去の記憶も全て失われていく、そして本能だけの行動になってしまう、父親の時はまさにそうだった、家の中を意味もなく徘徊していたり、何でも何度でも食べ続ける、意識や記憶がなくなり邪魔をすると起こり出す、そうなると家族の手に追えなくなる、嫌、既に手に追えなくなりつつあった、だが母親も混乱する頭の中で必死で戦っていた、脳がおかしくなった自分が情けなくて何度も泣いていた。
そして火曜日になりジョイが買い物に行き寿司を買ってきた、ジョイは彼女なりに考えて家計を抑える為にいつも安い寿司を一つしか買ってこない、ワタクシも節約する事には賛成なのでそれでいいと思っていた、だが一つではマグロや海老が一つづつしかない、昔の母親はワタクシに美味しい物を食べさせたが最近の母親は痴呆のせいで食べたい物にはスッカリ遠慮がなく真っ先にマグロを食べる、だがこの日はなかなか寿司に箸をつけない、「どうしたの、寿司食べないの?」と聞くと「食べるよ」と言うものの食べずに遠慮しているようだった、ワタクシは一つしかないマグロを醤油をつけ母親のお茶碗に置いた、するとユックリ食べ始めた、「美味しい?」と聞くと「うん、美味しいよ」と答えたので母親の好きな玉子と鉄火巻を取って再びお茶碗に乗せた、それで母親は満足したのかおとなしく食べていた。
それから30分しても母親は食べていた、食べても食べても食べた事を忘れてしまうだが食べる事しか楽しみがない母親なので余りうるさくは言わない、だが7時前になったので睡眠導入剤と血圧の薬をいつものように飲ませてベッドに連れていき寝かせた、毛布をかけ軽く頬をなぜ「ユックリ寝なさい」といつものように幼子を寝枷つけるようにして自分の部屋に戻った、自分の部屋といっても母親の部屋の隣にあり何かあった時に直ぐに行けるようにドアも当然開けっ放し、ベッドに寝かせてから5分ほどして母親の部屋から壁越しに
母親「もう心配ないんだよねえ」
これまで散々母親に心配かけたワタクシ、母親は心配症と言う病気ではないかと思えるほどの心配屋だ、痴呆になってからもそれは変わりはなかった、
ワタクシ「大丈夫だよ、なーんにも心配ないからね、ユックリ寝なさい」
母親「ホントー、あー良かった」
母親の心から安心したような声が聞こえた、そしてそれが最後の母親との会話になってしまった。
ワタクシと母親が会話をして10分後にジョイがココアを作ろうとキッチンに行き母親の部屋に目をやったジョイが「アナター、オカアサン、タイヘンヨ!!」と大声で叫んだ、ワタクシはまたいつものように母親が介護ベッドから体が落ちているのだろうとユックリ立ち上がり隣の部屋に目をやると介護ベッドの低い柵に引っ掛かるように母親の上半身はベッドに下半身は床についていた、しかも顔がベッドのマットに埋まるように状態になっている、ワタクシは慌てて体を起こして「母さん、母さん!!」と大声で呼んだが返事どころかグッタリして息もしていない、脈もなく心臓も止まっている、慌てて119番し救急車を呼び来る間まで人工呼吸と心臓マッサージを繰り返した、ジョイは「オカーアサン、オカーアサン!」と何度も呼んだが母親は目を開けない、10分もすると救急隊員が到着し蘇生させようとしていた、そして救急車に母親を乗せ満席で乗れないジョイに見送られながらワタクシも同乗し病院に向かった。
次回に続きます、いつものご訪問心より感謝致します。