タイで5本の指に入ると言われた大マフィアのカム.ナーム.ポーの面談を翌日に控えたワタクシとマリコさんは家族で海にやって参りました。
昨日の夜はワタクシに生気を与えてくれたマリコさんのお母さんも一緒に来ていました、そして海と大きな空を見ながら拙いタイ語で時には手を取りながら時には肩を抱きながら色々と話をするのでした、そんな二人を通訳しながらニコヤカに微笑み見つめる幸せそうなマリコさんなのでした、ワタクシも久々にタイを満喫したような気がしていました、そして心と心のふれあいこそが国を越え、言葉も乗り越え人種も関係なく差別も偏見もないという事を感じワタクシはその世界に浸っていたのでした。
ワタクシは初めて錦糸町に降り立った時、外国人に対して意識の中に偏見と言うものが多少あったかもしれません、しかし台湾のよしえママやハル、雪子、マリコさん達と知り合い、ふれ合う事や何度もタイを訪れた事でいつの間にかそんなものは消え去っていたのです、勿論他国の人とは男であれ女であれ付き合って行く事は大変な事であり、更に国が代われば全く違います、ワタクシはブログの始めに自分の常識は相手の常識ではないと書きました、同じ日本人同士でもお互いを自分が知っていても相手が知っているとは限らないのです、お互いを理解しあうというのは大変な事なのです、ましてや日本人が外国人の心を知るのは至難の業といってもいいでしょう。
ワタクシはこの時タイで少しだけこの国の心に触れた気がしたのですが、それが土台となりこの先で錦糸町という街を通じある男に出会いフィリピン、タイだけでなくバングラデシュ、ロシア、ウクライナ、イラン、台湾、コロンビア、他数多くの外国人達と男女問わず接して行き色々な騒動に巻き込まれながら外国人達の事を知って行く事になるのでした。
次の日にワタクシとマリコさんそしてお母さんが弟達の運転でカム.ナーム.ポーの家に向かいました、30分ほど車は走り山を登って行きます、登りきると駐車場と大きな門が建っていてその門の前に5人ほどの男達がおりそのうちの二人がワタクシ達の方にやって来ました、弟達が男と話し皆が車をおり弟達はそこに待機しワタクシとマリコさんと母親の3人が男の後をついて門を潜るとまるでお寺のような建物が、いや過去は実際にお寺だったらしいのですが、今はカム.ナーム.ポーの住まいになっているらしいのですが家にたどり着くのに10分も歩いたでしょうか、広い庭には男達がアッチコッチに10人もいたでしょうか皆拳銃を持っているのは容易に想像がつきました、皆カム.ナーム.ポーの護衛なのです。
家の中に入ると30畳もある大部屋に案内され2メートルほどの仏像が置いてあり、その前に1人の老人と腹心と見られる男が2人、女性が3人座っていました、マリコさんの母親が親しそうにカムナームポーと女性達と話をしマリコさんも合掌しながら挨拶を交わします、ワタクシも合掌して「インディ ティダーイ ルージャク クラップ(お目にかかれて嬉しいです)」と目上の人に対する挨拶をします。
顎ヒゲを撫でている60才を過ぎているであろう目の前の老人、これがタイの大マフィアのボスには見えない風貌でした、甚平サンを着たどこにでもいそうな老人が戦後のタイを生き抜き大マフィアになるまでの人生はワタクシなどには想像すら出来ないものであったに違いありません、だが犯罪組織には変わりありません、多くの人達を犠牲にしてのし上がったに違いないのです、その行為は許されるはずはありません。
しかし、この老人は若い時の過去の罪を洗い流したくて仏像のある寺に住んでいるのではとワタクシ思わずにはいられないほどの落ち着いた深い微笑みをワタクシに向けていたのでした。
次回に続きます、ご訪問いただき誠に有り難うございます。