8月14日

AM4:00
起床

AM4:30
僕は自転車に乗り旅立った。

目的地:東京ビックサイト

勘の鋭い方はお分かりだろう、コミケに向かったのだ。

だがここで致命的なミスを犯してしまった。

予定ではビックサイトまで自転車で行くつもりだったが新橋を通過した時点で5:40分。

僕なりにファステストラップを叩きだしたつもりだが予想以上に時間がかかりすぎていた。


これでは負け戦になる


勝者になるため新橋からゆりかもめに乗り国際展示場で降りる決断をした。

だが時すでに遅し、東待機列に並んだ時点でかなり後ろのほうだった。

幸い今回は大手に行くつもりがなかったので諦めるにはまだ早かった。

AM10:00
開場

いま、20万人の戦いの火蓋が切って落とされた!!

肉壁、カート、見えない敵と戦いながら僕は遅れを取り戻すべく果敢にアタックした。

AM11:30
終戦

予定していたすべてのサークルを回ることができた、コミケは開場してから2時間が勝負だということを思い知った。


ホッとするのも束の間、僕はサマソニに行くため、早々に会場を後にした。

お目当てはもちろんX-Japanである。

しかしサマソニこそが本当の戦場になることを僕は思いもしなかった。

あちこちでタバコを吸う人、座り込む人、酔っぱらってる人、ナンパしている人。

さっきまで居たコミケとは全然別の人種だとハッキリ感じた。

そう、ここはリア充達の巣窟だったのだ。

僕はあまりにも場違いを感じながらX-Japanのライブを待った。

X-Japanのライブの前にマキシマムザホルモンのライブだったんけど

僕はどうせなら、とアリーナの最前列辺りで観てたのだが

いきなりおしくらまんじゅう(モッシュって言われてるみたいだけどおしくらまんじゅうにしか見えない)されたりペットボトルが飛んできたり、と生命の危険が脅かされたので早々に退散。

アリーナの後ろの方に移動した。

X-Japanのライブは久々に納得できる仕上がりだった。

が、ライブ後アリーナから出る際、誘導が悪く、また人が溢れかえっており出口に向かう人はかなり混乱していた。
僕も折角いい気分だったのにかなりげんなりとした。


コミケ、サマソニとかなりの参加者が集うイベントに参加したわけだけど、全ての質においてサマソニはレベルが低かったと言わざるを得ない。

ただ、あの会場のノリ、というか熱気だけは何か特別な物を感じる。


X-Japan LAST LIVE
ここからは大阪に来た三日間のことをまとめて書きます。

面倒な訳ではなく、悲しいことに三日間特に何も変化という変化がなかったからなのです。


すごく簡潔に書くと9:30から梅田の高級マンションのモデルルームの撮影をして、22:00から大体1:00くらいまで飲む、これが三日間続くのですよ。

そんなわけで飲み終わってホテルに帰ったらもう寝ないといけない時間帯になっちゃってるんですよ。

つまり、何もできない。

別に1日くらいなら何ともないけど3日もよく続けて飲むなぁ...。


最近の若い人は付き合いが悪い、と言われてるけど飲む事に価値観を見出せず、自分の時間を大切にするようになってきたからかな?

僕はそれは大事だと思う。

カメアシになって一度も飲みの席ではお金を払ったことはないけどそれでも同じ人と何度も飲むことに対してはすごく時間の無駄だと思うし、何を話せばいいの?ってなる。

それでも人付き合いは大事だと思うし、立場上断れないので我慢して飲んでます(ノ_・。)



そうそう、久しぶりの大阪はやっぱり東京とは違う匂いがするなぁと思いました。

それとモデルルームが凄くて、大阪の街を眺望できるんですよ。

で、モデルルーム撮影は大体昼のカットが14時頃に終わり、夜カットを撮る為に夜を待たなきゃいけないんですよ。

この時間が非常に無駄で夏だと日没が遅い為、夜カットを撮り終わると大体22時とか23時になっちゃうんですよね。

でも、高級なお部屋でゴロゴロとお昼寝をする時間はプライスレス。

モデルルームから見える眺望
ハイパーアシスタントの憂鬱

ハイパーアシスタントの憂鬱

ハイパーアシスタントの憂鬱

ハイパーアシスタントの憂鬱
現状を書くと、僕は今日、C80に参加し、サマソニに参加した。

とりあえずこの話は置いといて、大阪に行った話を再び。



8/9 20:00


先生現わる。

すでに怒りを通り越して呆れてた僕は急いで機材を積み込んでさっさと大阪に向けて発車した。

先生もそんな僕を見て悪いと思ったのかコンビニでご飯やらお酒やらを沢山買ってくれた。


悲しいことに、こういうことをしてくれると機嫌が良くなっちゃう僕。現金な人間なんですよ。


先生が大阪まで運転してくれるというので僕はそのお酒で安心して助手席で宴会を繰り広げた。

しばらくは心配していた渋滞はなかったが、三重県で5kmの工事渋滞の情報。

ナビも高速を降りて下道を使い、再び高速に乗った方がいい。と判断したので下道へ。


下道を降りるはいいが、このナビ。

最短ルートを考えている為かすぐそこに国道があるのに獣道に僕らを誘う。

それに従い、僕らは不安になりながら進んだ。


やっとのことで国道1号線に合流したのですが、そこは僕がよく知る道があった。

そう、鈴鹿サーキットに通ってたころいつも通っていた道だ。


もう左折するとすぐ鈴鹿サーキットに行ける道でした。

本音を言うと「先生、ちょっと鈴鹿サーキット寄りましょう!」と言いたかったんだけど

もう時刻は午前1時30分。

早くホテルで寝たかったので我慢。


亀山ICに入るまではしばらく僕がずっと鈴鹿に来る為に通っていた道を走っていた。

道はもちろん、看板や道路標識を見るだけですごく懐かしい気分がした。


そんなわけで僕は感傷に浸りながら目的地に向かった。


そして、

8/10 AM3:00 大阪のホテル着

しかし!

8/10 AM9:30 撮影開始


泣いた。