酔った勢いで書く。

中華街に行くことで記憶の底に生コンを流し込んでまで埋めていた記憶が蘇り、その事実が僕にどうしようもないくらいの後悔として今も頭の中がオーバルコースを走る車のようにずっとずっと駆け巡りつづけている。


去年の今頃、僕には中国人の彼女が居た。
恥ずかしながら僕史の中で彼女が初めての彼女となる。

日本語を勉強していた為、日常会話はかなり問題にならなかった。
ひどく純粋な子で僕が冗談を言っても信じちゃうのでよくからかったりしてて、それが嘘だと分かると僕の背中を凄まじい勢いで叩いてきたりした。
よく泣く子でバイト先で嫌な事されたってメールがよく来てその度に慰めたりもした。

僕は当時社会人で安定した休日を得ることが出来ていたが彼女は中国の家族に送金する為、バイトを2個も3個も掛け持ちをしていた。
その為、一日を二人でしっかりと遊ぶってことはあんまり出来なかった。

当時の僕は暇さえあれば鈴鹿サーキットに写真を撮りに行っていた。
なのでどうしても外せないレースがあった時にお互いの休みが取れてても彼女は「行っておいで」って言ってくれた。
僕を束縛することなく趣味を、夢を理解してくれ応援してくれたことが何より嬉しかった。

証明しようがないが、お互いどうしようもないくらいの相思相愛の関係だった。



しかし上京する事が決まると共に僕は彼女と別れることを決意した。
彼女は僕の一歳上だけどその年に大学に入学したばっかりで彼女と共に東京に、って考えは捨てた。
遠距離恋愛も長くは続きそうになかったし、何より当時の僕は夢の為なら何でも捨ててやるさってアホみたいな勢いがあった。

別れよう、ごめんね。って簡単に言った。
どうしようもないくらい悲しい瞳で僕を見てきた。
結局、彼女は最後まで何も言わなかった。


東京に向かう夜行バスに乗車中、彼女からメールが来た。
不到黄河不请别死心」

日本語で

目的を(夢を)達成するまで決して諦めないでください」


僕は東京に来てすぐに携帯を変えたので(思いを引きずるのが怖かったから)彼女との連絡は絶ってしまったが本当に可哀想なことをしたな、と反省している。


中華街に行き、僕は改めて実感することになった。

僕は彼女を本当に好きだし、出来ることなら今すぐにでも会いたい、と。


多分僕はこの後悔をこの先ずっと引きずりながら生きていかないといけない。
確証はないがそう強く実感する。


おわり


ハイパーアシスタントの憂鬱


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