2005年11月、僕は「GT300km」を撮影する為、鈴鹿に来ていた。

写真を撮る事においてまだまだ未熟だったが当時はそれでも写真を撮る事にある種の幸せを感じ、
またレースにおいても初めて見る車や初めて行くコーナーに興奮を覚えた。

そして、レースを撮るにはどうしたらいいか、が何とか分かりかけてきた時期であっただろう。

どのような被写体を撮るにしても当然だけど撮りたい気持ちになったから撮る、という流れがある。
どんなにヘタクソな写真でも自分が満足できたならそれは大変いいことである。人の評価なんて二の次だ。

僕は過去に撮った画像は必ずどんな写真であれ残している(といっても当時、画像チョイスをしてる時に失敗だなって思った写真は無論容赦なく捨ててるが。しかしそれ以降は手を出さないし画像の加工もしない。
多分、今過去の画像を再び選別するなら間違いなく05年の画像は僅かしか残らない)
当時の僕が撮影し、編集した写真には当時の僕なりの意図が存在している。それを大事にしたいから。

どんなにヘタクソな写真であっても、今みたいに昔の画像を気まぐれで掘り出して
「あの時はこんな車が走ってたんだな」「あの時はまだ未熟だったな」「あの時は写真を撮ることに夢中だったな」
と当時を振り返り感傷に浸ることが僕にとって一番の幸せなのだ。

そして「今は、どうなんだろうな」と考える、これも重要なこと。


ハイパーアシスタントの憂鬱


ハイパーアシスタントの憂鬱


ハイパーアシスタントの憂鬱


ハイパーアシスタントの憂鬱


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