Happiness is...

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...knowing that you are a day more experienced than the day before. ある一日、ある一瞬の出来事や想いを、 明日の自分への伝言板として。

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僕は意外と本を読まない。
正確に言うと、本を読むために
本を読む、ということが無い。

なので、読む本を探して
本屋の中をウロウロ、が無い。

読むことが嫌いな訳じゃない。
読むときはむさぼるように読む。

そして読みたい本があれば直ぐに
探して即買い。

ただ、意識的に「本を読む」
ということに囚われないようにしてる。

本を読むことは間違いなく素晴らしい。
本を読むことで、見識が広がったり、
想像力が鍛えられたり。

でも、それは自動的に
与えられるものでもない。
つまり、読むことそのものが大切
なのではなく、
「どう読むか」だ。

ノンフィクションなら、
ただ鵜呑みにするのではなく、
自分の考えや経験と照らし合わせ、
その情報を自分の人生に
どう役立てられるのかを考えながら読む。

フィクションなら、
書かれている文字を頭のなかで絵にする。

本に書かれていることは結局は
誰かの考えであったり、
誰かが想像力を掻き立てて
書いた物語だったり
(下手すると金儲けのための
でたらめだったり)、
会話や討論とは違って、
その場で双方向のやり取りができない、
一方通行の情報伝達。

僕の場合、一方通行の情報伝達は
意外と頭に残りにくい。

そして何よりも、頭の中が
情報過多になるのが嫌なんだと思う。

日々、毎分毎秒decision making
している会社生活において、
物事の本質に最短距離でたどり着き、
あくまでも

what's right for our business

に軸足を置いた、
シンプルなdecision making
をするためには、
あまり余計な情報は必要としない。

むしろ要求されるのは、
状況判断能力。

消化しきれないほどの知識過多は
瞬時に最適な状況判断を行う
妨げになるような気がしている。

なので、かなり取捨選択をして本を選ぶ。

さて、次に読む本は。
それがいつになるか、
どんな本になるか、
自分にも予測が付かない。
Tree of Life。
これほど抽象的でいながら、誰もが共感できて、
そして美しい映画を観た記憶が無い。

Hollywood超大作といわれる駄作が、まるで工場で生産される
ピーナッツ並みのスピードと数で発表される昨今、
ショーン・ペンやブラット・ピットといった大物俳優を
起用しながらも興業成績そっちのけといった装いの作品に
敢えて妥協せずにチャレンジしたTerrence Malick監督に先ずは敬礼。

そしてDisclaimer:この映画の前半1時間、僕は泣きっぱなしだった。

物語としては、1950年代のある家族の物語で、3人の男兄弟の長男が
幼少時代、失われた弟の命、そして父との関係等を振り返り
自らの人生の調和を求める、といった内容。

舞台が僕の生まれ故郷のTexasということもあったかもしれない。

時代背景が違うにも関わらず、特に幼少期のimpressionist的な
表現を通じてでも、全くもって共感できることばかりで、
まるでタイムトリップの疑似体験でもしたような錯覚に陥った。

兎に角、細部にわたるディテールまでが、監督がまるで僕の
幼少期を知っているかのごとく的確で、何よりもあの頃何をみても
キラキラしていた美しさが見事に映像化されていて、僕の心は
完全に奪われていた。もしかしたら、臨死体験の際に観るといわれる
走馬灯現象とはこういうものなのかもしれないとさえ思えるほど、
自分の半生と完全にダブらせて観ていた。

そして自分の子供の成長とダブらせていた部分ももちろんある。


この作品のすごいところが、長男の幼少期を描いている前半は
生の素晴らしさと、何もかもが新鮮でキラキラしていることを
見事に描きつつも、抽象的ではあるが、人生のcomplexityの予兆を
ちりばめているいるところにある。
嫉妬、憎しみ、疑い、欲望、、、人間が本能的に授かった感情が
明確な意思が無い幼児の魂にも宿っていることを、言葉を使わず、
ただただ映像と音楽だけで表現することに成功しているのだ。

そして後半は、より「普通の」ドラマ仕立てになっている。
これは長男が成長の過程で明確に意識が芽生えるまでと、
その後とを明確に区別するために敢えてそうしている。
つまり生誕から幼児期にかけての想い出がまばらで抽象的である
ことと、ある一定の年齢以降の記憶はより明確であることの
コントラストを表現しているのである。極めてクレバーだ。

だからこそ、後半は必ずしも前半のように何もかもがキラキラ
しているわけではなく、飲み込みにくい現実も容赦なく描かれている。
そしてテーマが深い。
家族のこと、愛、憎しみ、性、罪悪感、傲慢、欲、悲しみ、後悔、、、
後半は感受性豊かな成長期に味わう感情のビュッフェである。
そして最後にはちゃんとスイーツも用意されている。

この作品は間違いなく観る人によってinterpretationが異なり、
監督はもともとそれを意としていると思われる。

映画を観てあれほど涙を流したのは初めて。

兎に角、美しく切なく、奥の深い作品。

評価:★★★★★
Director: Terrence Malick
Writer: Terrence Malick
Stars: Brad Pitt, Sean Penn and Jessica Chastain
東日本大震災復興に向け、様々な取り組みが行われている。

一時は個人としての寄付金額に注目が集まったこともあった。

GWには制限がかけられるほどボランティアの応募があった。

そして音楽を通じても、小学生の聖歌隊が避難生活をしている人たちのために

ミニコンサートを開催することから、大物ミュージシャンによる

チャリティライブの実施やチャリティーCDの発売等々、

色々なかたちでの活動が今もなお行われている。

阪神大震災の際に山口洋さんがSoul Flower Unionと一緒に作った
「満月の夕べ」も、今回の震災の被災者のためのチャリティコンサート等で
歌われたりもしている(山口さんのバンド名HEAT WAVEは僕の初めての
バンドの名前と全く一緒。全くもってどうでも言い話だけど。)

そして、今朝のニュースで目に留まったのが:

バイオリン名器、落札額12億円を文化復興に
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20110622-OYT1T00054.htm?from=tw

日本音楽財団(東京都港区)が、保有していたバイオリンの名器ストラディバリウスが
インターネットオークションで約12億7千万円で落札され、復興に充てられるとか。

こういう形で音楽が復興に貢献することもあるのか、と。
インターネットオークションでそれだけの巨額が動くことも驚きだが、
弦楽器にそれだけの価値がつくというところに、「希少価値」という価値基準を
超えたところにある、音楽が愛好家に与える夢や歴史といった価値基準を
垣間見たような気がする。

違った側面から音楽というものの尊さに感じ入ったのである。