オーバー環の音楽人生

オーバー環の音楽人生

役職定年になった途端にコロナ禍、料理人も続けつつ音楽活動にハマっています。

昨日をもちまして66歳になりました。

温かいコメントをお寄せくださった皆様に感謝いたします。

 

さて、最近二度マイドラムをスタジオに持ち込みまして、新曲の録音に励んでおりましたが、何故か特定のタムの音だけ録音されない、

というか波形が記録されていないチャンネルが発生。

それだけじゃなく何故か叩いた音じゃない雑音、ドラムパターンが

微かに録音されていて、それがそのチャンネルだけなんです。

 

これは何なんだろう、マイクかケーブルの不具合、ミキサー兼オーディオインターフェースの不調、それかDAWの不具合。

 

いや、マイセットに触れられる時間が増えるのは嬉しいし満足なんですけど、一体何が原因なのか判明しない事には気持ち悪いことこの上ない。

 

タムの音が良すぎてカタルシスを覚えるだけに、波形が残っていない音を結果として残すにはあまりにも忍びない。

 

まあその都度プレーは練られて行くので、結果オーライな部分も大きいんですけど。

 

来週また行きます。  決めるぞ!

 

 

釜石で身内の不幸があり、仏事のため盛岡を朝5時出発。

南下するわけだが車を走らせてすぐ右手、西の方向に少し欠けた月が

鎮座しているのに気付く。

夜明けに残る月が拝めた日は毎朝早い出勤の身にとっては何よりありがたい励みになって感謝を捧げる対象となっている。

盛岡からずっと、遠野あたりまで。

遠野から釜石道のICに乗ってすぐ、仙人峠方向から昇る朝日に向き合う状況になる。

いつの間に月と太陽が入れ替わったのか、不思議な感覚。

 

月や太陽の位置関係は、別に晴れてさえいれば毎日でも観られる天体の移ろいなんだろうけど、やっぱり驚異を感じる。

 

なんか宇宙には宇宙のリズムがあって、人間のそれとは相入れないスケールで動いていて、それでもどこかシンクロというかリンクしていると強く感じる。

 

手塚治虫先生の火の鳥じゃないけど、この身が滅びた後、宇宙と同化出来るならなんと素晴らしい事だろう。

ネガティブな意味じゃなくて心からそう願う。

私もまた少しだけ出口に近付いたような感じ。

 

仏事ながら心が整えられた日、感謝いたします。

 

 

 

 

昨年会社の健診で唯一要精査だった聴力。

来月の契約更新を前に再検査の結果を会社に提出しなければなくなって、本日受診。

子供の頃中耳炎だった娘を連れてよく通った近所の耳鼻科に30年ぶりぐらいに行った。

医者は冷徹で剛腕な印象、今はもう80歳近くか、かなり小さくなったように感じる。

診察室に入りまず第一声、「だから自分で耳掃除なんかしちゃダメなんだって、そんな事するの日本人だけだよ!」とこちらも見ずにブツブツと。

それから外耳道の異物吸引、痛いのなんの!

看護師さんに2人がかりで顔を押さえられ、汗を拭かれた。

 

昔は痛がる娘の頭を押さえる役を命じられたっけ、よっぽど痛かったろう、あの時の泣き顔はまだ今も覚えてる。

 

しかし吸い出されたゴミみたいなものを見せられ唖然。

「だから自分で耳掻きなんかすると奥に奥に押し込まれるんだよ!」

と、最初っからそう言えよこのくそ爺い!と娘を昔痛めつけられた恨みもあってそう思ったが、取ってもらってありがたくもある。

 

それから聴力検査、左は軽度、右は軽度から中度に渡る難聴。

ゴミを取ってもらって改善するものでもなかった。

原因は騒音性、家族性、加齢。

薬無し、再検査無し、「補聴器をお考えの際はまたご相談下さい」

で本日の診察終了。

 

今のところ日常生活にそれほど支障のあるものではない。

ただ親父はギリギリまで補聴器を避け、結果馴れずにろくに掛けもしなかった、そうなる前に対処しようとは思う。

 

でもなんか少しは聴こえが良くなったような気がするのは気のせい?

もうちょっとだけ頑張ってくれ、我が耳よ。