ごきげんさまです


お盆に田舎の親戚の家に行く




従姉妹や子供達と川遊び



ハンミョウや



足をつけるとつついてくる天然のドクターフィッシュと戯れ、3年前に他界した伯父をしのぶ


お盆に尋ねた際に「ようきたのぉ」と言いながら

戦争の話をしてくれた


小2の夏に戦闘機がミツバチのようにこんな田舎まで飛んできて驚いた

後日その場に行くと戦闘機が墜落しており乗組員はいないがエンジンが落ちており、その後も部品が落ちていないかを度々探しに行ったという


その後乗り物のエンジンに興味を持ち船のエンジンの仕事に着いた


戦争の恐怖共に子供時代の好奇心も刺激されたのだと感じた


伯父の下の兄弟達はまた兄貴が子供にそんな話をしてと怪訝な顔をしていたが、話してくれたことがありがたいと感じた


田舎の小さな子供達が戦争に巻き込まれたことを思い出した翌日、朝の番組で北村総一朗さんのインタビューを聞いた


海を隔てた高知で同じ小学生時代の経験を語る

子供ながらに感じた光景を率直に語る姿

表現者ゆえの描写や当時の写真で臨場感が伝わってきた

戦争が風化しているとはいえ、まだまだ関心の高い長崎だけでなく全国放送でも発言していただいたことに感銘を受けた

長崎の放送局の方々と懇談し街中を闊歩する姿に親しみを覚えたが、やはり全国区で発信力のある名優さんだと感じた

実家でその放送をみたシニア父は北村さんが全く変わっていないと驚いていた



子供の頃の夏休み、平和授業の語り部や祖父、親戚から聞く話はある程度の年齢で戦地に向かった話が多かったが、今リアルに聞くことが出来るのは子供の頃に体験をした世代にうつっているのだと時の流れも感じた

現在85歳の名野球選手も被爆で家族を亡くした経験を60代後半から語り始めたという
きっかけは大分県の小学生の手紙と聞いて驚いた
平和授業で原爆のことを知り筆をとったという
被曝の後遺症を恐れ家族を亡くした悲しみも記憶から消したいと感じでいたが小学生が原爆ドームに足を運んでいるのにと奮起しそこから語ることをはじめたという

高齢化により風化していくことが懸念されるが発信は
確実に若い世代にも届いている

現在80代後半のアラナイ(そんな呼称があるのか?)世代の方々には一本筋が通った気概がある
年齢では測ることのないエネルギーがある

まだまだ語り続けて欲しいと切に願う

お盆の実家の床の間にあった祖父の書


70代の頃一文字一文字集中し書いていたのを思い出した




脳梗塞を煩い、90歳頃に書いた書


当時はずいぶん下手になったと思い見ていたが、



命熱し 老いおもしろし の言葉を見て
歳を重ねることはけして退化することではなく
精神は進化しているのだと感じた

氣力充つアラナイ世代にはまだまだ現役でいて欲しいと願いつつ、自身もその背中を見て日本人としての
誇りを持ち生きていこうと感じた終戦の日

まずは身の回り身近なところから日本人の心を活かした空間作りを

長文お読みいただきありがとうございました